従業員100人の会社は、防災備蓄を何人分そろえればいいですか

100人分ではありません。東京都が備蓄の対象としているのは「発災時及びその直後に職場にいるであろう従業者」で、そこには社員だけでなくアルバイトと委託業者の職員も含まれます。さらに外部の帰宅困難者のために10%程度を上乗せします。在籍100人の会社の答えは、80人分にも110人分にもなります。数えるべきは名簿ではなく、災害時に建物に残る人の数です。

BCP対策で備蓄をそろえるとき、最初に決めるのが「何人分か」です。ここを在籍人数で決めてしまうと、その後に積み上げた水も食料もトイレも、全部ずれます。この記事は品目や数量の話ではなく、その手前にある「人数の数え方」だけを扱います。

目次

根拠の数字

東京都帰宅困難者対策条例 第7条第2項は、事業者に「従業者の三日分の飲料水、食糧その他災害時における必要な物資を備蓄するよう努めなければならない」と定めています。その具体的な中身は、条文が委任している「東京都帰宅困難者対策実施計画」に書かれています。

項目東京都が示している内容
対象となる従業員等雇用の形態(正規・非正規)を問わず、事業所内で勤務する全従業員
「従業者」の範囲社員だけでなく、その事業所で働いているアルバイトや委託業者の職員も含まれる
厳格に全従業者×3日分が必要か発災時及びその直後に職場にいるであろう従業者が3日間待機できる量を備えていただきたいという趣旨です」
上乗せ外部の帰宅困難者(来社中の顧客・取引先など)のために10%程度の量を余分に
3日分の目安(1人当たり)水:1日3リットル・計9リットル/主食:1日3食・計9食/毛布:1枚
法的な性質努力義務。備蓄量の目安に法的拘束力はない
出典:東京都帰宅困難者対策条例 第7条第2項、東京都帰宅困難者対策実施計画(附則)、条例Q&A(東京都「帰宅困難者対策ハンドブック」令和5年3月・15ページ、46〜47ページ、49ページ)

ここで重要なのは3行目です。「全従業者×3日分」を厳格に求めているのか、という質問に対して、東京都は「発災時及びその直後に職場にいるであろう従業者」と答えています。在籍人数ではなく、その瞬間に建物にいる人数だと、都の資料が明示しているということです。

この基準は誰向けか。自社にどう読み替えるか

先に前提をはっきりさせます。上の内容は東京都の条例と実施計画に基づくものです。東京都以外の自治体に同じ条例があるとは限りません。ただし、「その場に留まる人数で数える」という考え方そのものは、どこの事業所でも成り立ちます。備蓄は、帰れない人がそこで3日過ごすためのものだからです。

また、条例が定めているのは努力義務で、罰則はありません。それでも社内で通りやすいのは、「自社が決めた人数」ではなく「行政が示した数え方」だからです。予算の説明では、この違いがそのまま効きます。

3日分としている理由も、都が明記しています。「大災害発生時、人命救助のリミットが72時間(3日)と言われています。(中略)会社のビル等が安全な場合には最長3日間はそこに留まってほしいという趣旨です」。備蓄は社員のためだけのものではなく、救助・救命活動を妨げないための措置だと位置づけられています。稟議ではこの一文がよく効きます。

何を1と数えるのか

ここが本題です。備蓄の必要数は、次の順に積み上げます。足し算と引き算の両方があるので、どちらか片方だけをやると必ずずれます。

手順数えるものどこで調べるか
①出発点その事業所の在籍人数人事の名簿。ここは出発点にすぎない
②引く在宅勤務・外勤で、その時間に建物にいない人入退館ログ、勤怠、座席予約システム
③足す常駐する委託業者・派遣・アルバイト契約書、常駐者名簿、入館証の発行枚数
④足す平均的な来客数受付記録の平均
⑤上乗せ外部の帰宅困難者用に10%程度東京都の目安をそのまま使う
③は東京都・条例Q&A「『従業者』にはどこまで含まれますか」、⑤は同ハンドブック6ページに基づく。②④は自社で調べる項目

②で使うのは「平均」ではなく「同時に在館する人数の最大値」です。災害は平均的な日に起きるとは限りません。全社会議の日、棚卸しの日、繁忙期の残業日——いちばん人が多い日に足りる量が、必要数です。入退館ログが取れるなら、直近1年で在館者数が最大だった日を見ればそれで済みます。

当社が使っている式

算定対象人数 N = 同時在館の最大人数 ×(1−在宅勤務比率)+ 常駐する協力会社・派遣 + 平均的な来客数 − 徒歩帰宅が可能な人数

※これは当社(株式会社MOSHIMO HACK)が備蓄算定で置いている式であり、行政が定めた基準ではありません。実際には各項目をお客様と協議して確定します。

「徒歩帰宅が可能な人数」を引くかどうかは、判断が分かれるところです。引く場合は、引いた根拠を必ず残してください。近距離に住んでいても、道路の安全が確認できるまでは帰さないのが条例の趣旨です。当社では、この項目は初期値ゼロで置き、お客様が明確な帰宅ルールを持っている場合にだけ差し引いています。

計算例:在籍100人の会社と、在籍300人の会社

実際に積み上げるとこうなります。下表の②③④は説明のための仮置きです。自社の入退館ログと常駐者名簿の実数に置き換えてください。

手順在籍100人の会社在籍300人の会社
①在籍人数100人300人
②同時在館の最大(仮)80人230人
③常駐する委託業者・派遣(仮)+5人+20人
④平均的な来客(仮)+0人+0人
小計85人250人
⑤外部の帰宅困難者用 +10%93.5人275人
備蓄の対象人数94人分275人分
端数は切り上げ。⑤の10%は東京都「帰宅困難者対策ハンドブック」6ページの目安

在籍100人の会社の答えは「94人分」になりました。100人分を買っていれば足りていますが、それは偶然です。同時在館が95人で常駐業者が10人いる会社なら、10%を乗せた時点で116人分になり、100人分では足りません。在籍人数で発注すると、多いか少ないかが会社ごとに変わり、しかもどちらなのか分からないまま運用することになります。

この人数を東京都の目安に当てはめると、必要な物量は次のとおりです。

品目計算式94人分275人分
1人1日3L×3日846L(2Lボトル423本)2,475L(2Lボトル1,238本)
主食1人1日3食×3日846食2,475食
毛布1人1枚94枚275枚
災害用トイレ(便器)50人に1基2基6基
トイレの使用回数1人1日5回×3日1,410回分4,125回分
水・主食・毛布は東京都帰宅困難者対策実施計画。トイレの「50人に1基」「1日5回」は内閣府(防災担当)「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」

トイレの行だけ、桁が違うのが分かります。94人の会社でも3日で1,410回分です。品目ごとの優先順位は絶対に必要なものと、そうでもないものはありますかで扱っています。

実務でつまずく点

1. 名簿に載っていない人が、対象に入っている

東京都の条例Q&Aは、「従業者」の範囲について「社員だけでなく、その事業所で働いているアルバイトや委託業者の職員も含まれます」と明記しています。清掃、警備、社員食堂、常駐のシステム保守、受付の派遣スタッフ——人事の名簿には1人も載っていませんが、全員が対象です。

これが実務でいちばん抜けます。数え直す手がかりは入館証の発行枚数です。常駐者に出している入館証の枚数を数えれば、名簿との差がそのまま出てきます。

2. ビルの管理会社がやってくれていると思っている

複数社が入居するビルで備蓄は誰が整備するのか、という質問に、東京都は「条例では事業者の責務として規定しており、原則として事業者単位の備蓄としているため、各テナントの努力義務となります」と答えています。ビル全体での共同備蓄を否定してはいませんが、何もしなければ誰も持っていないという状態になります。

共同備蓄をしている場合も、自社の従業員が何人分カウントされているのかを管理会社に確認してください。ビル全体の想定人数に、自社の常駐業者が入っていないことがあります。

3. 置き場所が、必要数より先に上限を決めてしまう

東京都は保管スペースの目安も示しています。「100人×3日分の水(2リットルペットボトル)・食料(乾パン)・毛布(真空パックしたもの)を高さ1mに積み上げた場合、床面積は約3㎡程度」。275人分なら単純計算で約8㎡です。

ただしこの3㎡には、簡易トイレ・衛生用品・敷物・救急医療薬品類は入っていません。都自身が「特に必要性が高いもの」として挙げている品目が、面積の試算から外れています。実際に必要な面積はこれより大きくなります。人数を数える前に、置ける場所の広さを測っておくと、あとで計画を作り直さずに済みます。測り方は防災備蓄の倉庫はどのくらいの広さが必要ですかにまとめました。面積だけでなく、床が支えられる重さも一緒に確認します。

4. 1か所にまとめて置いてしまう

東京都のチェックリストには「高層ビルに所在する企業等において、エレベーターが停止した場合に備え、備蓄品の保管場所を分散させておくことを考慮していますか」という項目があります。人数分そろえていても、届かなければ数がゼロと同じです。水は1本2kg、423本で846kgあります。停電したビルの階段でこれを運ぶ前提を置いてはいけません。

5. 備蓄品が消防法令の違反状態を作る

同じチェックリストに「保管されている備蓄品が避難通路を塞ぐ障害物となる等、消防法令等の違反状態とならないようにしていますか」とあります。倉庫に入りきらず廊下に積む、というのは実際によくある形ですが、これは避難の妨げになり、防火対象物の点検で指摘されます。置けないなら、分散配置か、置き場所側から数量を見直すのが順序です。

6. 「10%」と「来客分」を混同している

この2つは別ものです。東京都が言う10%は「外部の帰宅困難者(来社中の顧客・取引先や発災時に建物内にいなかった帰宅困難者など)」のための共助の分です。一方、来客者・利用者向けの備蓄について都は、鉄道事業者と集客施設以外の一般の事業者には明文の規定を置いていないと述べたうえで、「可能な限り備蓄をお願いいたします」としています。

実務上は、常時来客が多い事業所(ショールーム、相談窓口、受付を持つ本社など)は④で来客数を積み、そのうえで⑤の10%を乗せるのが安全です。10%を来客分だと解釈して④を省くと、来客が多い会社ほど足りなくなります。

社内でどう説明するか

失注や保留の理由でいちばん多いのは「予算が通らなかった」です。予算が通らない原因の多くは、金額の大きさではなく、人数の根拠が自社判断に見えることにあります。稟議書には、次の3行を数字の前に置いてください。

  • 対象人数は在籍人数ではない。東京都帰宅困難者対策条例Q&Aは「発災時及びその直後に職場にいるであろう従業者」が対象だとしている
  • 対象には委託業者・派遣・アルバイトが含まれる。これも同Q&Aの明文
  • 外部の帰宅困難者のために10%を上乗せする。東京都の目安をそのまま採用した

そのうえで、②③④に入れた数字の出どころを1行ずつ書きます(入退館ログの最大値/入館証の発行枚数/受付記録の平均)。監査や内部統制で問われるのは、金額ではなく「その人数はどこから来たか」です。ここが書けていれば、翌年の見直しも前年の式を更新するだけで済みます。

予算が足りない場合、人数を削って調整してはいけません。人数は事実で決まる値なので、ここを削ると「足りない備蓄を、足りていることにする」ことになります。削るのは品目側です。東京都は品目を「水・主食・毛布」「特に必要性が高いもの(簡易トイレ、衛生用品など)」「企業ごとに検討するもの」の3層に分けているので、対象人数は正しい数のまま、下の層から落とすのが正しい削り方です。

よくある誤解

よくある理解実際
従業員100人だから100人分対象は発災時及びその直後に職場にいるであろう従業者。在籍人数ではない
正社員の分だけ用意すればよい雇用形態を問わず事業所内で勤務する全従業員。アルバイト・委託業者の職員も含む
在宅勤務が増えたから、その分そのまま減らせる減らす根拠は「同時在館の最大値」。平均で減らすと、人が多い日に足りなくなる
10%の上乗せが来客分10%は外部の帰宅困難者のための共助分。常時の来客は別に数える
ビルの管理会社が備蓄している条例は事業者単位が原則。共同備蓄をしていない限り各テナントの責任
備蓄は義務なので、やらないと罰則がある努力義務。罰則の定めはない。備蓄量の目安にも法的拘束力はない

まとめ

  • 在籍100人の会社が用意するのは、100人分ではない。数えるのは発災時及びその直後に職場にいるであろう人数
  • 名簿に載らない人を必ず足す。アルバイト・委託業者の職員も東京都の言う「従業者」に含まれる
  • 最後に10%を上乗せする。外部の帰宅困難者のための共助分として、東京都が目安を示している
  • 1人当たりの目安は水9L・主食9食・毛布1枚(3日分)。トイレは50人に1基、1日5回で数える
  • 予算が足りなくても人数は削らない。削るのは品目の優先順位が低い層から

この記事の出典

株式会社MOSHIMO HACKは、企業の防災備蓄の算定と、備蓄品の管理を代行しています。

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この記事を書いた人

株式会社MOSHIMO HACKは、非常用トイレをはじめとする防災用品の製造・販売と、企業の備蓄数量の算定を行っています。代表の寺澤は災害備蓄管理士(一般社団法人 防災安全協会)および防災士。「作っている側」と「資格を持って算定している側」の両方から、企業の備蓄について書いています。

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