水が出ることと、流せることは別だからです。内閣府のガイドラインは、水道が使える場合であっても、発災直後は下水処理場等の被害状況が確認されるまでは水洗トイレの使用を禁止し、災害用トイレを使用することとしています。蛇口から水が出ても、その先の排水管や下水処理施設が壊れていれば、流した汚水は行き場を失います。
つまり「断水したら災害用トイレ」ではなく、「揺れたら、確認できるまで災害用トイレ」です。BCP対策として備蓄をそろえていても、この使用ルールを決めていないと、発災直後の数時間で建物の中が汚水で使えなくなります。
トイレは、水と排水の両方がそろって初めて使える
ふだん意識することはありませんが、水洗トイレは4つの条件がすべて成り立って動いています。①水が来る ②電気が来る ③排水管が生きている ④その先の処理施設が生きているの4つです。
災害時に何が止まるのかを、ガイドラインは次のように整理しています。
| 起こりうる事態 | トイレを確保する上での制約 |
|---|---|
| 断水・屋内給水管の凍結等による破損 | 流せなくなる/手が洗えなくなる(衛生環境の悪化) |
| 停電 | 戸別浄化槽ブロアーが停止すると、水洗トイレが使えなくなる/特にマンション等では、水が汲みあがらず、水洗トイレが使えなくなる |
| 下水道・集中処理浄化槽・戸別浄化槽の破損 | 水が確保できても、排水先が破損している場合は、水洗トイレの使用を中止する必要がある |
| し尿処理施設の破損 | 汲み取りを中止する必要がある |
| 大雨、洪水、高潮等による浸水の継続 | 浄化槽等への逆流が発生するなどの被害の恐れ/下水処理場等の機能が停止する恐れ/戸別浄化槽ブロアーが故障すると水洗トイレが使えなくなる |
| 既設トイレの被害により個室(便器)が使えない | 携帯トイレ(便袋)を使用できるスペースが確保できない |
見てのとおり、断水は6つのうちの1つにすぎません。水が出ていても、停電しているだけで使えなくなり、下水が壊れていれば水があっても流せません。「蛇口から水が出るかどうか」は、使用可否の判断材料として不十分です。
これは避難所だけの話ではない
前提をはっきりさせます。このガイドラインが対象にしているのは市町村と避難所です。企業向けに書かれたものではありません。
ただし、水洗トイレの使用ルールについては、ガイドライン自身が範囲を広げています。使用ルールの例を示したうえで、「これらのルールは、避難所のトイレに限ったことではなく、地域全体のルールとなります」と書いています。
下水処理施設は、避難所も自社ビルも同じものにつながっています。避難所が使用を止めている状況で、隣のオフィスビルだけ流してよい理由はありません。そしてもう一点、企業には避難所と違う事情があります。自治体からの指示を待てないということです。発災直後、社内のトイレを使うかどうかを判断するのは自社の担当者です。
では、いつまで使えないのか
期間ではなく、条件で決まります。ガイドラインが示している判断の例は次のとおりです。
| 場面 | 使用ルールの例 |
|---|---|
| 地震発生時(集合処理型) | 避難所の周辺で異常が見られなくても、汚水処理施設の点検が済むまで使用中止 |
| 大雨・高潮等による浸水時(個別処理型) | 周辺が浸水していたら、ブロアーの故障等の障害が考えられるため使用中止 |
注目すべきは「周辺で異常が見られなくても」という部分です。建物の中を見て問題がなさそうでも、それは判断材料にならないと言っています。壊れているかどうかは、地中と処理施設側で起きるからです。
自社で決めるルールも、この形をそのまま使えます。「地震で震度◯以上を観測したら、下水道の状況が確認できるまで水洗トイレの使用を中止し、携帯トイレに切り替える」という一文を、防災マニュアルに入れておくことになります。
使用中止と決めたら、順番にこれをやる
ルールを決めていても、当日に手順がないと動けません。ガイドラインに書かれている項目を、会社で実行する順に並べると次のようになります。並べ方は当社の整理ですが、中身はすべてガイドラインに沿ったものです。
- 使用中止を宣言する。判断者が決まっていれば、ここは一言で済みます
- 貼り紙を出す。各トイレの入口に「使用中止」と「携帯トイレの使い方」を掲示します
- 既設の洋式便器を、携帯トイレ用に転換する。便座にビニール袋をかぶせて固定し、その上に携帯トイレを付けます。和式は板等で封鎖してから簡易トイレを置きます
- 使用済みの保管場所を開ける。居住スペースから離れた場所を、あらかじめ決めた通りに使います
- 手洗いの代わりを用意する。断水すると手が洗えなくなり、衛生環境が悪化します。消毒の方法も掲示物に含めておきます
①から③までを合わせても、数分で終わる作業です。問題は、それを当日に思いつけるかどうかだけです。
「点検が済んだ」は、どこで分かるのか
ガイドラインは、下水道の点検や使用可否の判断を市町村の役割として書いています。企業側は、その発表を受け取る側です。具体的には、自治体の下水道・上下水道の担当部局からの発表と、賃貸のオフィスであれば建物の管理会社からの連絡が確認先になります。
この確認先を、平時に調べて防災マニュアルに書いておいてください。発災後に調べ始めると、その間ずっと使用中止のままになります。
実務でつまずく5つの点
1. 誰が「使用中止」を宣言するのか決まっていない
いちばん多い抜けです。備蓄はあるのに、切り替える号令をかける人が決まっていない。発災直後は誰もが自分の安全確認で手一杯で、トイレのことを考える余裕はありません。その間に、何人かが流してしまいます。
判断する人と、代理の人まで決めておいてください。ガイドラインが「平時から使用ルールを決め、周知しておくことが重要」としているのは、この一点に尽きます。
2. 貼り紙を用意していない
ガイドラインは、トイレ関連の備品として「トイレの使用ルールを掲示」「手洗い・消毒の方法を掲示」を挙げています。備蓄品目に、掲示物が入っているということです。
口頭の連絡は届きません。「使用中止」「携帯トイレを使ってください」の貼り紙を印刷して、備蓄と同じ場所に入れておいてください。費用はほぼゼロですが、当日に作るのは不可能です。
3. 停電だけで使えなくなることを知らない
水道も下水も無事でも、停電すれば中高層階のビルやマンションでは水が汲みあがらず、水洗トイレは使えません。浄化槽を使っている建物では、ブロアーが止まった時点で使用を止める必要があります。
「地震ではないから大丈夫」ではありません。自社ビルの階数と排水の方式(下水道か浄化槽か)は、先に確認しておく項目です。
4. 既設の便器に、そのまま携帯トイレを付けてしまう
切り替えた後の話です。洋式便器で携帯トイレを使うときは、便器内の水が浸透しないよう、便座にビニール袋をかぶせて固定し、その上に携帯トイレを付けます。和式の場合は、板や段ボール等で便器を封鎖してから簡易トイレを設置します。
ビニール袋と固定用のテープは、携帯トイレとは別に必要です。備蓄リストから漏れやすい品目です。
5. 使用済みの置き場所を決めていない
切り替えた瞬間から、使用済みの便袋がたまり始めます。ガイドラインは保管場所を確保して清潔に管理すること、害虫対策・臭い対策の物資を用意すること、長期間留めないよう定期的な回収を手配することを挙げています。
従業員100人が3日間使えば、1人1日5回として1,500回分です。災害直後にゴミ収集は来ません。置き場所は、使用ルールと一緒に決めておく必要があります。必要な数の出し方は災害用トイレは何人に1基必要ですかにまとめています。
社内でどう説明するか
この話は、社内では「BCP対策」として扱われることがほとんどです。予算のかからない項目なので、備蓄そのものより先に通せます。
- やることは3つだけ。使用中止の判断者を決める、ルールを1行決める、貼り紙を用意する
- 費用はほぼゼロ。それでも、これが無いと備蓄品が使われないまま社内が汚れる
- 根拠は国の資料。内閣府が「水が使える場合であっても使用を禁止」と明記している
備蓄の予算が通らなかった年でも、この3つだけは進められます。予算がついたときに何から買うかは防災備蓄で、絶対に必要なものと、そうでもないものはありますかで整理しています。
よくある誤解
| 誤解 | 実際 |
|---|---|
| 水が出ているなら流してよい | 水が使える場合であっても、下水処理場等の被害状況が確認されるまでは使用を禁止する |
| 建物に異常がなければ大丈夫 | ルールの例は「周辺で異常が見られなくても、点検が済むまで使用中止」。壊れるのは地中と処理施設側 |
| 地震でなければ関係ない | 停電だけで、中高層階は水が汲みあがらず使えなくなる。浸水でも逆流の恐れがある |
| 避難所の話であって、会社は別 | ガイドライン自身が「避難所のトイレに限ったことではなく、地域全体のルール」としている |
| 1回くらいなら問題ない | 排水先が破損していれば、流した先で行き場を失う。使用を中止する必要がある |
まとめ
- 水が出ることと、流せることは別。水道が使えても、下水の被害が確認されるまでは水洗トイレを使わない
- 判断は期間ではなく条件。「点検が済むまで」であって、何時間、ではない
- 停電だけでも使えなくなる。中高層階は水が汲みあがらず、浄化槽はブロアーが止まる
- やることは3つ、費用はほぼゼロ。判断者を決める、ルールを1行決める、貼り紙を用意する
- これは避難所だけの話ではない。ガイドライン自身が「地域全体のルール」としている
当社は非常用トイレの製造・販売を行っており、災害備蓄管理士による備蓄数量の算定と、備蓄品の管理までお引き受けしています。
この記事の出典
- 内閣府(防災担当)「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」平成28年4月(令和6年12月改定)/https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/2412hinanjo_toilet_guideline.pdf(2026年9月8日確認)
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