かごの中で、備え付けの簡易トイレを使います。国土交通省は建物所有者・管理者に、簡易トイレや非常用飲料水を備蓄した「防災キャビネット」をかご内に置くよう依頼しています。ただし、かごには便器がありません。袋だけでは用が足せないので、便座になるもの・目隠し・水が組になっているかを平時に確かめておきます。首都直下地震の想定では、救出に少なくとも半日以上かかります。

根拠の数字

閉じ込めについて、国が公表している実績と想定を並べます。実績は大阪府北部を震源とする地震(平成30年6月18日午前7時58分・最大震度6弱)、想定は都心南部直下地震(令和7年12月19日公表)です。

項目数字出典
閉じ込めが起きたエレベーター(大阪府北部の地震・大手5社分)346台国土交通省 報告 4ページ
うち事務所73台(約21%)。住宅202台に次いで2番目同 7ページ
3時間以内に救出された割合約87%(3時間超が13.0%)同 11ページ
3時間超かかった原因公共交通機関の停止や交通渋滞による現場到着の遅れ/一般電話回線の輻輳による保守員への情報伝達の遅れ同 11ページ
建物所有者・管理者が自分で救出した件数2件(約0.6%)。うち1件は段差が大きく断念同 12ページ
都心南部直下地震で閉じ込められる人(想定)最大で約1.6万人中央防災会議WG 47ページ
うち昼12時の事務所約15,700人(12時の合計 約15,800人)同 47ページ
救出にかかる時間(想定)「閉じ込め者の救出に少なくとも半日以上を要する」同【被害の様相】112ページ

国土交通省は、この地震を踏まえた対策の1つとして、次のように書いています。

国土交通省「エレベーターの地震対策の取組みについて(報告)」令和2年7月14日 14ページ

「建物所有者・管理者関係団体等に対し、簡易トイレや非常用飲料水等を備蓄した防災キャビネットをかご内に設置することについて依頼」

首都直下地震の想定も、応急・復旧対策に「簡易トイレや非常用飲料水等を備蓄した防災キャビネットの設置」を挙げています(【被害の様相】113ページ)。かごの中のトイレは、国の資料に2度出てくる対策です。

この基準は誰向けか。自社にどう読み替えるか

  1. 依頼の相手は建物所有者・管理者です。テナントとして入っている会社が、自分でかごの中に物を置く話ではありません。やることは管理会社への確認です(下の「実務でつまずく点」で扱います)。自社ビルなら、置く判断は自社でできます。
  2. 住宅の話ではありません。首都直下地震の想定で、昼12時に閉じ込められる約15,800人のうち約15,700人は事務所です。朝8時は約8,600人のうち約5,400人、夕方18時は約9,400人のうち約8,200人が事務所です。勤務時間中の閉じ込めは、ほぼオフィスで起きるという想定です。
  3. 首都圏だけの話でもありません。大阪府北部の地震では、閉じ込めは近畿2府3県で起き、震源から最大約60kmの範囲に広がりました(同報告 4ページ)。
  4. 自社の備蓄の数量には入れません。かごの中の備えは、閉じ込められた人が救出までの間に使うものです。社内の待機場所で使うトイレの数量とは別枠です。

何を1と数えるのか

この問いは、従業員数では決まりません。数えるのは「かご1台に乗り合わせた人数」と「救出までの時間」です。

内閣府「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」は、排泄の回数を1日5回が平均的、1回の量を約200〜300mlとしています。当社では、これを24時間で均して1人1時間あたり約0.2回と置き、閉じ込めの時間に掛けています。これは公表された基準ではなく当社の読み替えです。夜間も含めて均した値なので、日中はこれより多くなることがあります。

もう1つ数えるのが便器の数です。かごの中は0です。同じガイドラインは携帯トイレを「既存の洋式便器につけて使用する便袋タイプ」と説明し、個室以外で使うなら「パーテーション等で仕切り、簡易便器を用意すれば使用できる」としています(13ページ)。袋だけあっても、便座になるものが無ければ使えません。携帯トイレと簡易トイレの違いは携帯トイレと簡易トイレは何が違いますかで扱っています。

計算例

5人が乗り合わせた場合と、定員11人のかごが満員だった場合です。時間は、大阪府北部の地震で大半が救出された3時間と、首都直下地震の想定にある半日(12時間)の2通りです。

乗り合わせた人数救出までトイレの回数(目安)かごの中にたまる量(目安)
5人3時間約3回約0.6〜0.9リットル
5人12時間約13回約2.5〜3.8リットル
11人3時間約7回約1.4〜2.1リットル
11人12時間約28回約5.5〜8.3リットル

計算は「人数×時間×5回÷24」と「回数×200〜300ml」です。5人・3時間でも、誰か1人は使う計算になります。そして12時間になると、かごの中に2〜4リットルの排泄物が残ります。吸水シートや凝固剤で固め、袋の口を閉じて置いておける状態でなければ、狭いかごの中で数時間を過ごすことになります。

キャビネットに入っている袋の枚数が、この回数に足りているかは、製品ごとに違います。中身の数は、ここから逆算して確かめてください。

実務でつまずく点

1. 「3時間で出られる」は大阪の実績で、首都直下の想定は「半日以上」

閉じ込めの話をすると、「たいてい3時間くらいで出られるそうですね」と返ってくることがあります。約87%が3時間以内というのは、大阪府北部の地震の実績です。

同じ報告は、3時間を超えた原因を2つ挙げています。交通機関の停止や渋滞で保守員が現場に着けなかったことと、電話回線がつながらず保守員に情報が届かなかったことです。どちらも、建物が多く、閉じ込めが同時に多数起きるほど重くなります。首都直下地震の想定が「少なくとも半日以上」としているのは、この条件が大都市で重なるからです。

かごの中の備えを「3時間分」で考えていると、計算例の表の1行目と2行目の差、つまりトイレの回数で4倍が抜け落ちます。

2. キャビネットが「あるかどうか」だけ聞いて、中身を聞いていない

かごの中の備えは、会社の備蓄品は、どこに置けばいいですかでも、置き場所の候補として取り上げました。そこでは「管理会社に設置の有無を1本聞く」までを書きました。トイレについては、その電話であと4つ聞いてください。

聞くことなぜ聞くか
便座になるものが入っているかかごに便器は無い。袋だけでは使えない(内閣府ガイドラインの携帯トイレの説明)
目隠しになるものが入っているかガイドラインは個室以外で使う場合に「パーテーション等で仕切り」としている
袋と凝固剤は何回分か上の計算例と突き合わせる
期限の点検と補充は誰がしているか水にも凝固剤にも期限がある。置いただけで点検されていないことがある

設置されていない、または中身が足りない場合、テナントの会社にできるのは要望を出すことです。そのときは「国土交通省が建物所有者・管理者関係団体に設置を依頼している」と、報告書の名前とページ(14ページ)を添えてください。自社の要望ではなく国の依頼として話せるので、通りやすくなります。

3. トイレが無いと、人は水を飲まなくなる

内閣府のトイレガイドラインは、冒頭でこう書いています。トイレの使用がためらわれると、「排泄を我慢することが、水分や食品摂取を控えることにつながり」、脱水症状や静脈血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)等の健康被害を引き起こすおそれがある、と。

かごの中は、この状態がいちばん起きやすい場所です。人目があり、仕切りが無く、使ったものが目の前に残ります。水だけ置いてトイレが無いキャビネットは、水を飲まない理由を残したままです。国の依頼文が「簡易トイレや非常用飲料水等」と2つを並べて書いているのは、このためと読めます。水とトイレは組で確かめてください。

4. 男女が乗り合わせたときの使い方を、誰も知らない

5人の男女が、たまたま同じかごに乗り合わせていたとします。互いに名前も知らない人たちかもしれません。キャビネットがあっても、開け方と使い方を知らなければ、最初の1人が言い出すまで誰も使いません。

社員に周知しておくことは、次の順番です。どれも特別な訓練は要りません。朝礼や防災訓練の案内に数行足せば済みます。

  1. まず外に知らせる。全ての階のボタンを押し、止まった階で降りられなければ、非常用呼び出しボタン(インターホン)で連絡します。応答がなければ携帯電話で警察や消防へ通報し、外の人に存在を知らせる音を出します(総務省消防庁「地震防災マニュアル」/警視庁「エレベーター内で地震が起きたら?」)。消防庁は、閉じ込められている人も大勢いると予想され、救助にすぐに駆けつけてくれるとは限らない、と書いています。
  2. 救出まで長くかかる前提で、早めにキャビネットを開ける。中身を全員で確認し、トイレがあることを最初に共有します。
  3. 使う場所をかごの隅1か所に決める。目隠しで仕切り、使う人以外は反対側を向きます。
  4. 使ったら袋の口を固く閉じ、同じ隅にまとめる。何回使ったかが分かるようにしておくと、残りの枚数で配分できます。
  5. 水は我慢しない。トイレがあるので、控える理由はありません。

3〜5は当社の考える段取りで、公表された手順ではありません。ただ、「かごの隅」「目隠し」「袋の口を閉じる」は、ガイドラインが個室以外で使う場合に求めている仕切りと、使用済み便袋の保管の考え方をかごの中に当てはめたものです。

5. 外にいる社員が、扉をこじ開けようとする

大阪府北部の地震で、建物所有者・管理者が自分で救出したのは2件、全体の約0.6%でした。そのうち1件は、かごの床と階の床の段差が大きく、救出を断念しています。救出は保守員と消防の仕事です。

外にいる社員がやることは、閉じ込めが起きていないかを確かめて、保守会社と管理会社に知らせ、かごの中に声をかけ続けることです。電話がつながりにくくなることは、上の3時間超の原因として報告されています。保守会社の連絡先を、電話番号だけでなく複数の手段で控えておくと、ここで詰まりません。テナントの場合、誰が保守会社に連絡するかはビル側の役割です。管理会社との役割分担は地震のとき、社員を会社のどの階にとどめるかは、先に決めておくべきですかで扱っています。

社内でどう説明するか

エレベーターの閉じ込めは、BCP対策の中で「ビルの話」として扱われ、誰の担当でもないまま残りがちです。次の3行を施設内待機の計画に足してください。

項目書き方の例
かごの中の備え防災キャビネット 有/無(◯号機・◯号機)。便座・目隠し・袋◯回分・水◯本。点検は管理会社が年◯回(◯年◯月に確認)
社員への周知閉じ込め時の行動(外に知らせる→キャビネットを開ける→使う場所を決める)を、◯月の防災訓練の案内で周知
根拠国土交通省「エレベーターの地震対策の取組みについて(報告)」令和2年7月14日 11・12・14ページ/中央防災会議 首都直下地震対策検討WG「都心南部直下地震の被害想定」令和7年12月19日

自社ビルでキャビネットを置く場合は、台数分の費用が稟議に乗ります。このとき効くのは「昼12時の閉じ込めは、想定上ほぼ全部が事務所」と「救出まで少なくとも半日以上」の2つです。数の根拠が自社の判断ではなく国の想定なので、決裁者に説明できます。予算の通し方は防災備蓄の予算を、社内でどう通せばいいですかにまとめました。

よくある誤解

誤解実際
閉じ込めはマンションの話首都直下地震の想定では、昼12時の閉じ込め約15,800人のうち約15,700人が事務所です
3時間もあれば助けが来る約87%が3時間以内というのは大阪府北部の地震の実績です。首都直下地震の想定は「少なくとも半日以上」です
地震時管制運転装置があれば閉じ込められない大阪府北部の地震で閉じ込めが起きた346台のうち、装置が無かったのは14台でした。揺れが強くなるまでの時間が短く、装置があっても防げなかった閉じ込めがあったと推測されています(同報告 6ページ)
携帯トイレを1つ入れておけば足りるかごに便器はありません。便座になるものと目隠しが要ります。袋の数も、人数と時間で足りるかを確かめます
かごの中の備えはテナントが用意するもの国土交通省が依頼している相手は建物所有者・管理者です。テナントは確認と要望を出す側です

まとめ

  • 閉じ込められたら、かご内の防災キャビネットの簡易トイレを使う。国土交通省は建物所有者・管理者に、簡易トイレや非常用飲料水を備蓄したキャビネットの設置を依頼している
  • かごには便器が無い。便座になるもの・目隠し・袋と凝固剤・水が組になっているかを、管理会社に確かめる
  • 救出までの時間は、大阪府北部の地震では約87%が3時間以内。首都直下地震の想定は「少なくとも半日以上」。5人・12時間で約13回分になる
  • トイレが無いと水を控え、脱水などの健康被害につながる。水とトイレは組で置く
  • 社員には、外に知らせる→早めにキャビネットを開ける→使う場所を決める、の順番を周知する。扉はこじ開けない

この記事の出典

当社は非常用トイレをはじめとする防災備蓄品を扱っており、備蓄数量の算定のご相談も承っています。社内の待機場所で使うトイレが自社の人数でいくつになるかは、算定で出せます。

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