マスクと消毒液は、会社の防災備蓄に入れてください。東京都の帰宅困難者対策ハンドブックは、感染症拡大防止のための備蓄の例に「マスク」「消毒液」「間仕切」を挙げています。ただし、国も都も枚数や本数の目安は示していません。先に決めるのは数ではなく、断水で手が洗えないときの手の清め方、吐いた人が出たときの処理の道具、体調の悪い人を分ける部屋の3つです。

BCP対策で、社員を社内に3日間とどめる計画を立てている総務の方に向けた記事です。社内にとどまる間は、断水で手が洗えず、狭い部屋に大勢が寝起きします。風邪やインフルエンザ、ノロウイルスが1人から広がれば、とどまる計画そのものが崩れます。東京都「帰宅困難者対策ハンドブック」の第3章「感染症対策」、東京都「東京事業所防災実践マニュアル」、内閣府の避難所の取組指針、厚生労働省のノロウイルスQ&Aと避難所の健康管理ガイドラインをもとに、会社が何をどこまで備えればよいかを整理します。

根拠の資料|都は「マスク・消毒液・間仕切」を例示、数量の目安はない

資料書いていること
東京都「帰宅困難者対策ハンドブック」令和5年3月 39ページ(第3章 感染症対策)大規模災害の発生時にも、風邪やインフルエンザ、新型コロナウイルス等の感染症の拡大防止に努める。事前に社内で「どんな備蓄品等が必要か」「感染者が発生したら?」を話し合う。感染症拡大防止のための備蓄品の例=マスク、消毒液、間仕切。感染症対策を想定した訓練の実施
同 40ページ(発災時の社内での対応)執務エリアで就寝・仮眠・休憩する際も、窓を開け扇風機・サーキュレーターで換気する。唾液や鼻水がついたティッシュ・マスク等は別のごみ箱へ。ごみの回収は手袋・マスクを着用し、作業後に手洗い。定期的な体温チェック。風邪の症状がある人は専用スペースで待機させる(間仕切等で仕切ったエリア、小規模会議室)
同 47ページ(Q&A)「備蓄の努力義務にマスクやヘルメットなどの防災用品は含まれますか」への答え=条例第7条で明記しているのは水と食料だが、「その他災害時における必要な物資」を備えることも規定しており、各事業者の事情に応じて判断
内閣府「災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン」令和8年1月 参考資料2(32ページ)3日分の数量の目安は水・主食・毛布だけ。その他の品目は「物資ごとに必要量を算定」。特に必要性が高いものの例に「簡易トイレ、衛生用品(トイレットペーパ等)」「救急医療薬品類」
東京都「東京事業所防災実践マニュアル」2025年版 59・61・68ページ断水時の節水の例に「手洗いにはアルコール消毒液やアルコールシートを活用する」(59ページ)。トイレの衛生のため、凝固剤のほか「ビニール手袋やアルコール消毒、消臭剤、掃除用洗剤、ポリ袋」も用意(61ページ)。職場に留まるために必要な個人的な常備品の例に「マウスウォッシュ、歯磨きセット」「マスク」(68ページ)
内閣府「避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」令和6年12月改定 12・20ページ市町村に向けて、避難所の感染症予防のため「マスクや手指消毒液をはじめ、必要な備品等を備蓄」(12ページ)。感染症等を発症した避難者には専用トイレを確保することが適切(20ページ)
厚生労働省「ノロウイルスに関するQ&A」(令和3年11月19日最終改定)Q1・Q16・Q17・Q20消毒用エタノールによる手指消毒は、石けんと流水の手洗いの代用にはならず、すぐに手洗いができない場合の補助。ノロウイルスを完全に失活化する方法は、次亜塩素酸ナトリウムや亜塩素酸水、加熱。吐いた物やふん便は、使い捨てのガウン(エプロン)・マスク・手袋を着けてペーパータオル等で拭き取り、次亜塩素酸ナトリウム(塩素濃度約200ppm)で浸すように床を拭く。家庭用の塩素系漂白剤でも代用できる
厚生労働省「避難所生活を過ごされる方々の健康管理に関するガイドライン」平成23年6月3日 5・6・10ページトイレへの共用タオルや手洗いバケツの設置は、感染症の流行を広げるおそれがあるので避ける。水が使えない場合はごみ箱を置いてウェットティッシュを活用(5ページ)。水が出ない場合は擦り込み式エタノール剤の確保に努める。発熱・せきなどの症状がある人には軽くてもマスクの着用を呼びかける(6ページ)。水が不足すると歯・口の清掃がおろそかになり、特に高齢者では誤嚥性肺炎などを引き起こしやすい(10ページ)

品目の名前は都の資料にはっきり出ています。一方で、水の「1人1日3リットル」のような数量の目安は、マスクにも消毒液にもありません。内閣府のガイドラインが言うとおり、物資ごとに会社が必要量を算定することになります。

前提の切り分け|会社が備える物、社員が持つ物、避難所の話を混ぜない

衛生用品の資料は、向いている相手が3通りあります。誰に向けた資料かを分けないと、品目が増えすぎたり、肝心な物が抜けたりします。下の表の分け方は、資料に沿って当社が整理したものです。

だれが備えるか品目の例根拠
会社(社内にとどまる全員のため)マスク、手指消毒液、ウェットティッシュ、使い捨て手袋、間仕切、ごみ袋、塩素系漂白剤とペーパータオル(吐いた物の処理用)、体温チェック用の体温計(当社が加えた品目)都ハンドブック39〜40ページ、都実践マニュアル59・61ページ、厚労省ノロウイルスQ&A、厚労省 健康管理ガイドライン5ページ
社員本人(自分の机やロッカーに)歯磨きセット、マウスウォッシュ、自分用のマスク、常備薬、コンタクトレンズの洗浄液都実践マニュアル68ページ「個人的な常備品の例」
市町村(避難所の運営)マスクや手指消毒液をはじめとする備品、歯磨用品など内閣府 取組指針12ページ。会社に向けた資料ではない

歯磨きセットを全員分そろえるかは、会社によって判断が分かれるところです。都の実践マニュアルは、事業所で用意する備蓄のほかに必要な物は個人で準備するよう呼びかけ、その例に歯磨きセットを入れています。会社がやるのは、全員分を買うことより、机に置いておくよう周知することです。ただし厚労省のガイドラインのとおり、水が足りないと口の清掃が後回しになり、高齢の人ほど肺炎につながりやすくなります。歯みがきができないときも、少量の水でできるうがいはできます。周知の文面に1行入れておいてください。

数え方|マスクは「人×日」、消毒液と処理の道具は「置き場所」で数える

衛生用品は、全部を人数で掛け算しようとすると決まりません。消毒液のボトル1本で何人分になるかは、資料のどこにも書かれていないからです。当社は、品目を次の3つに分けて数えることをおすすめしています。

数え方品目決めること
人×日で数えるマスク、ウェットティッシュ社内にとどまる人数と日数。1人1日に何枚使うかは会社が決める
置き場所で数える手指消毒液、使い捨て手袋、ごみ箱とごみ袋、吐いた物の処理の道具トイレの出口、待機する部屋、食事を配る場所など、手を清める場面がある場所の数
部屋で数える間仕切、体調の悪い人のための部屋と専用トイレどの部屋・どの個室を充てるか。数は拠点ごとに1つから

人数は、在籍人数ではなく、発災時に社内にいるであろう人数で数えます(数え方は従業員100人の会社は、防災備蓄を何人分そろえればいいですかで整理しています)。ここを正確に数えておくと、稟議で「なぜこの枚数か」と聞かれたときに、会社の判断ではなく計算の結果として説明できます。予算が通るかどうかは、金額の大きさより、数の根拠を見せられるかで決まります。

計算例|100人と300人のマスクの枚数

国や都に枚数の目安はないので、ここでは説明のために、1人1日1枚と仮に置いて計算します。基準ではありません。自社で1日2枚と決めれば、数字は倍になります。

日数は、当社では7日分を目標、3日分を必ずそろえる最低ラインと置いています。3日分は東京都の条例と内閣府のガイドラインが示す日数で、到達点ではなく第1段階です。数量には、当社の置き方として予備率20%を足し、東京都内の拠点だけ帰宅困難者上乗せ(外から来る帰宅困難者のための共助分)10%をさらに足します。率は掛け合わせず、1+0.2+0.1=1.3のように足し算にしています。

社内にとどまる人数日数上乗せ前都外の拠点(×1.2)都内の拠点(×1.3)
100人3日分(必須)300枚360枚390枚
100人7日分(目標)700枚840枚910枚
300人3日分(必須)900枚1,080枚1,170枚
300人7日分(目標)2,100枚2,520枚2,730枚

消毒液と処理の道具は、この表には入りません。たとえば5フロアで、各フロアにトイレが1か所、待機する部屋が1つなら、手を清める場所は最低10か所です。消毒液を何本置くかより、10か所すべてに置かれているかを先に確かめてください。

実務でつまずく点

1. アルコール消毒だけでは、ノロウイルスは止められない

断水時の手洗いは、アルコール消毒液とアルコールシートで代わりにする。都の実践マニュアルもそう書いていて、これ自体は正しい備えです。ただ、厚労省のノロウイルスQ&Aは、ノロウイルスを完全に失活化する方法として次亜塩素酸ナトリウムや亜塩素酸水、加熱を挙げており、消毒用エタノールはそこに含めていません。エタノールは「一般的な感染症対策として」使われることがある、という位置づけです。

社内で誰かが吐いたとき、アルコールしか備えていなければ、床を拭く手段がありません。厚労省が示す処理は、使い捨てのエプロン・マスク・手袋を着け、ペーパータオル等で静かに拭き取り、塩素濃度約200ppmの次亜塩素酸ナトリウムで浸すように床を拭く、という手順です。家庭用の塩素系漂白剤でも代用できます。つまり備蓄に要るのは、塩素系漂白剤、使い捨ての手袋・エプロン・マスク、ペーパータオル、口を縛れるビニール袋をひとまとめにした処理の道具です。どこにあるかを全員が知っているよう、置き場所を決めておきます。

厚労省は、ノロウイルスによる胃腸炎は1年を通して発生し、特に冬に流行するとしています。冬に地震が起きて社内にとどまれば、この道具が必要になる場面は十分にありえます。

2. 水をためたバケツと共用タオルで、手を洗わせてしまう

断水すると、トイレの前にバケツの水と手拭きのタオルを置きたくなります。厚労省の避難所の健康管理ガイドラインは、トイレへの共用タオルや手洗いバケツの設置を、感染症の流行を広げるおそれがあるとして避けるよう書いています。水が使えない場合は、ごみ箱を置いてウェットティッシュを使う、という書き方です。

そもそも、備蓄している水を手洗いに回す余裕はありません。1人1日3リットルは飲むための水で、手洗いの分は入っていないからです(会社の防災備蓄で、水は1人当たり1日何リットル必要ですか)。トイレの出口に置くのは、手指消毒液、ウェットティッシュ、ふたの付いたごみ箱の3点です。手順は文字で貼り出してください。

3. 体調の悪い人を分ける部屋とトイレを決めていない

都のハンドブックは、風邪の症状がある人を専用スペースで待機させるよう呼びかけ、その例に「間仕切等で仕切ったエリア」と「小規模会議室」を挙げています。内閣府の取組指針も、避難所について、感染症等を発症した人には専用トイレを確保するのが適切としています。

この部屋は、発災してから探しても見つかりません。全員が待機する区画を割り振った後では、空いている部屋が残っていないからです。社員をどの階のどの部屋にとどめるかを決めるときに、小さな会議室を1つと、トイレの個室を1つ、体調の悪い人のために先に外しておいてください。待機場所の決め方は地震のとき、社員を会社のどの階にとどめるかは、先に決めておくべきですかで整理しています。間仕切は、この部屋を作るための備蓄です。

4. 使ったマスクやティッシュを、ほかのごみと同じ袋に入れる

都のハンドブックは、唾液や鼻水がついたティッシュ・マスク等を別のごみ箱に捨て、回収する人は手袋とマスクを着けて、作業後に手を清めるよう書いています。社内にとどまる間は、使用済みの携帯トイレもたまっていきます。ごみの置き場所と回収の段取りは、使用済みの携帯トイレは、誰が回収してくれますかで整理した保管の計画と一緒に決めると、置き場所が二重になりません。ごみ袋とふたの付いたごみ箱は、ここでも置き場所の数で数えます。

5. 換気の手段を、電気が使える前提で考えている

都のハンドブックは、就寝・仮眠・休憩のときも、窓を開け、扇風機・サーキュレーターを使って換気するよう書いています。ところが停電すれば、空調も扇風機も止まることがあります。非常用発電機がある建物でも、どの設備に電気が届くかは決まっています。窓が開かない高層ビルなら、換気は建物の設備しだいです。

先に、管理会社に「停電中、待機する部屋の換気はどうなるか」を確かめてください。窓が開く部屋なら、開ける時間を決めます。冬は窓を開けると部屋が冷えるので、寒さ対策の備えと一緒に考える必要があります(停電で冷暖房が止まった会社に社員がとどまるとき、暑さ・寒さ対策の備蓄は何が要りますか)。

社内でどう説明するか

稟議書には、次のように書けます。

東京都の帰宅困難者対策ハンドブックは、社内待機中の感染症拡大防止のための備蓄として、マスク・消毒液・間仕切を例示しています。数量の公的な目安はないため、マスクは社内にとどまる最大人数×日数で、消毒液と処理用品は手を清める場所(トイレ出口・待機室・配食場所)の数で算定しました。

また、厚生労働省はノロウイルスを完全に失活化する方法として次亜塩素酸ナトリウム等を挙げ、消毒用エタノールを含めていないため、吐いた物の処理用に塩素系漂白剤と使い捨て手袋等を各フロアに置きます。体調不良者用に会議室1室とトイレ個室1つを、待機区画とは別に確保します。

上司から「コロナの時に買ったマスクが残っているのでは」と聞かれたら、残っている数を数えてから答えてください。残りがあるなら、それを備蓄の一部に数え、足りない分だけ買えば済みます。

よくある誤解

誤解実際
マスクや消毒液は条例の備蓄の対象外だから、買わなくてよい都条例第7条が明記しているのは水と食料だが、「その他災害時における必要な物資」も備蓄するよう努力義務として定めている。マスク等は各事業者の事情に応じて判断(都ハンドブック47ページ)。都は感染症対策の備蓄例にマスク・消毒液を挙げている
アルコール消毒液があれば、手洗いの代わりは足りるエタノールは石けんと流水の手洗いの代用にはならず、補助(厚労省)。ノロウイルスには次亜塩素酸ナトリウム(家庭用の塩素系漂白剤で代用可)が要る
手洗い用に、バケツに水をためておけばよい共用の手洗いバケツとタオルは感染症を広げるおそれがあり、避ける(厚労省)。水が使えないならウェットティッシュとごみ箱
歯ブラシも全員分、会社が用意しなければならない都の実践マニュアルは、歯磨きセットを個人が用意する常備品の例に挙げている。会社は周知で足りる
体調の悪い人が出たら、そのとき空いている部屋に移せばよい全員の待機区画を割り振った後では部屋が残らない。会議室1室とトイレ個室1つを事前に外しておく

まとめ

  • マスク・消毒液・間仕切は、東京都が感染症拡大防止のための備蓄の例に挙げている。数量の目安は国にも都にもないので、会社が算定する
  • マスクは社内にとどまる人数×日数、消毒液・手袋・ごみ箱は手を清める場所の数、間仕切は体調の悪い人の部屋で数える
  • アルコールではノロウイルスを完全には失活化できない。吐いた物の処理用に、塩素系漂白剤・使い捨て手袋・エプロン・ペーパータオル・袋をひとまとめにして置く
  • トイレに水をためたバケツと共用タオルを置かない。消毒液・ウェットティッシュ・ふた付きのごみ箱を置く
  • 待機場所を決めるときに、体調の悪い人のための会議室1室とトイレ個室1つを先に外しておく

この記事の論点だけでも、とどまる人数と日数、手を清める場所の数、処理の道具の置き場所、体調の悪い人の部屋とトイレ、ごみの分け方、停電中の換気と、確かめることが6つあり、フロアの使い方や在館人数が変わるたびに見直しが要ります。1か所でも抜ければ、そこから社内に広がります。備蓄は人の命に関わるので1つも落とせず、これを担当者1人が覚えて回し続けるのは現実的ではありません。当社はそのための管理の仕組みをご用意しています。

当社は非常用トイレをはじめとする防災備蓄品を扱っており、備蓄数量の算定のご相談も承っています。自社の人数で数えると、どの品目がいくつ要るかは、算定で出せます。

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