備蓄の数は、社員の国籍では変わりません。変わるのは伝え方です。携帯トイレの使い方や「水を流さないでください」の貼り紙が日本語の文章だけだと、日本語が十分に分からない社員には届きません。先にやるのは英語への翻訳ではなく、短い文・ふりがな・絵を使った「やさしい日本語」への書き直しです。そのうえで、必要な言語を足します。
BCP対策で外国籍の社員について聞かれるのは、たいてい食事の話です。ハラルや菜食への対応はハラルやベジタリアンに対応した非常食は必要ですかで扱いました。ところが東京都のハンドブックが外国人について求めている配慮は、食事ではなく情報です。この記事では、備蓄を「置いた」あとに、それを日本語が苦手な社員にも使ってもらうために何を用意するかを、公表資料にそって整理します。
根拠の数字|国と東京都が外国人について求めているのは「伝え方」
| 資料 | 書かれていること |
|---|---|
| 東京都「帰宅困難者対策ハンドブック」令和5年3月 30〜31ページ | 要配慮者には「日本語を十分理解できない外国人等へも配慮が必要」。外国人は「日本語の理解力によっては、情報収集が難しい」「多言語による情報支援が必要な場合がある」 |
| 同 32ページ | 「日本語のわからない外国人は、震災時に情報から孤立してしまう可能性があります」。外国語が話せる社員を把握しておく、多言語対応の音声翻訳機等を活用する。翻訳機は実際に使用訓練をして慣れておき、よく使う定型文を前もって登録しておく |
| 同 36〜38ページ | 災害等の緊急時は多言語への翻訳・通訳が迅速にできない場合も多いため、「やさしい日本語」による素早い情報伝達が有効。ポイントは、文章は短く一文で一つの情報、二重否定やあいまいな表現を避ける、漢字にふりがな、写真やイラストを併用する、など |
| 内閣府(防災担当)「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」令和6年12月改定 8ページ | 配慮が必要な方への対応の表で、外国人には「外国語の掲示物を用意する(トイレの使い方、手洗い方法、消毒の方法等)」 |
| 内閣府(防災担当)「避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」令和6年12月改定 25ページ | 外国人には、多様な言語や「ひらがな・カタカナ等のわかりやすい言葉による情報提供、絵や写真の提示など、多様な手段により情報提供がなされるよう配慮することが望ましい」 |
| 出入国在留管理庁・文化庁「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」2020年8月 3ページ | 「日常生活に困らない言語」を日本語とした外国人は62.6%、英語は44.0%。希望する情報発信言語はやさしい日本語が76%、英語68%、日本語22%(いずれも複数回答) |
2つの調査には但し書きがあります。62.6%の調査(全国20地域・20歳以上・回収1,662人)について、ガイドラインは「地域の日本語教室に通う人が多く対象になっており、在留外国人全般を対象とした調査ではない」と注記しています。76%は東京都国際交流委員会が2018年に都内在住・在勤の外国人100名に聞いたものです。どちらも「全員が日本語を読める」という意味ではありません。それでも、英語にすれば届く、とは言えないことははっきり示しています。
なお、厚生労働省によると、令和7年10月末時点で外国人労働者は2,571,037人、外国人を雇用する事業所は371,215所で、どちらも過去最多です(「外国人雇用状況」の届出状況まとめ)。
この基準は誰向けか。自社にどう読み替えるか
上の資料は、もともとの読み手がそれぞれ違います。そのまま会社の義務として読まないよう、分けておきます。
| 資料 | もともとの読み手 | 会社での使い方 |
|---|---|---|
| 東京都 帰宅困難者対策ハンドブック | 事業者 | そのまま使える。社員を社内にとどめる間の情報提供の手引き |
| 内閣府 トイレのガイドライン | 避難所を運営する市町村 | 社員が社内にとどまる間、会社は小さな避難所を運営することになる。掲示物の中身(使い方・手洗い・消毒)の手本として読む |
| 内閣府 取組指針 | 避難所の運営者 | 同上。「絵や写真」まで含めて伝える、の根拠 |
| 内閣府 帰宅困難者等ガイドライン(令和8年1月)9ページ | 多くの利用者が訪れる施設の事業者 | 来客がいる会社は、利用者の属性を踏まえて「やさしい日本語や多言語」で災害情報を伝える。社員向けの掲示をそのまま来客にも使える |
東京都の条例も、事業者に従業者や利用者への災害関連情報等の提供を努力義務として求めています(第11条第2項。中身は東京都の帰宅困難者対策条例では何が求められていますか)。この記事で当たった国と東京都の資料に、企業へ多言語の掲示を義務づける規定はありません。ただ、情報を伝えることは条例の努力義務の中にあり、伝わらない形で掲示しても、それは伝えたことになりません。
数え方|人ではなく「伝える場面」で数える
準備するものは、外国籍の社員の人数からは出てきません。数えるのは、災害のとき、日本語の文章で説明している場面がいくつあるかです。オフィスで抜けやすいのは次の5つです。
| 場面 | 伝えること | どこに置くか |
|---|---|---|
| トイレ | 水を流さない/携帯トイレの付け方/使ったあとの袋の置き場所 | 各個室の中と入口 |
| 手洗い | 水が使えないときの手の拭き方・消毒 | トイレの出口・配布場所 |
| 備蓄の置き場所 | 箱の中身/1人いくつ取るか | 箱そのもの |
| 待機区画 | 帰らずにここにいる/次の案内を待つ | 待機する部屋の入口 |
| 口頭の案内 | 館内放送・声かけの定型文 | 翻訳機・アプリに登録 |
言語の数も、国籍の一覧から決める必要はありません。まず全員向けにやさしい日本語と絵で1枚を作り、そのうえで、社内で実際に必要とされている言語を足します。誰が外国籍か、誰が日本語を苦手としているかを名簿にしなくても、掲示物は作れます。東京都のハンドブックが把握しておくよう勧めているのも、外国語が話せる社員、つまり手伝える側です。
備蓄の数量は国籍で増減しません。数える日数は、当社では7日分を目標に置き、3日分を必ずそろえる第1段階としています。公表基準は3日分(内閣府ガイドライン・東京都条例)で、3日分から段階的に導入する企業が多数です。当社では携帯トイレの数量に予備率20%を足し、東京都内の拠点に限って東京都の帰宅困難者上乗せ10%を足しています(掛け合わせず足し算で、1+0.2+0.1=1.3)。都外の拠点には10%を乗せません。
計算例|100人と300人で、変わるものと変わらないもの
算定対象人数が100人と300人の場合の携帯トイレの数です。1日の使用回数は内閣府のトイレガイドラインの5回、上乗せは当社の置き方です。外国籍の社員が何人いても、この数は変わりません。
| 項目 | 100人 | 300人 |
|---|---|---|
| 3日分(1人1日5回) | 1,500回 | 4,500回 |
| 3日分×1.3(都内の拠点) | 1,950回 | 5,850回 |
| 3日分×1.2(都外の拠点) | 1,800回 | 5,400回 |
| 7日分×1.3(都内の拠点) | 4,550回 | 13,650回 |
| 7日分×1.2(都外の拠点) | 4,200回 | 12,600回 |
| 外国籍の社員がいることによる増減 | 0 | 0 |
増えるのは掲示物と説明の手間です。掲示物の枚数は「個室の数+手洗いの場所+備蓄の置き場所+待機区画」で、人数ではなく建物の形で決まります。100人と300人で違うのは、個室と置き場所の数のほうです。
ここで、数量の根拠を「国の回数×自社の人数」で示せていると、稟議では金額の話に進めます。予算が通らない原因は、たいてい金額の大きさではなく、数の根拠が担当者の判断に見えることです。国籍で数が変わらないと言い切れることも、その根拠の一部です。
実務でつまずく点
1. 英語の貼り紙を足せば届く、と思っている
外国籍の社員への対応と聞いて、最初に思い浮かぶのは英訳です。ところが国の「やさしい日本語ガイドライン」が引く調査では、日常生活に困らない言語を日本語とした外国人が62.6%、英語は44.0%でした。都内の聞き取りでも、希望する情報発信言語はやさしい日本語が76%で、英語の68%を上回っています(どちらも上の但し書きつき)。国内で働く外国人の国籍別では、ベトナム、中国、フィリピンの順に多く、英語を母語とする人ばかりではありません(厚生労働省 令和7年10月末)。
英訳が無駄という意味ではありません。順番の話です。東京都のハンドブックも、緊急時は翻訳・通訳が間に合わないことが多いから、やさしい日本語で素早く伝えるとしています。まずやさしい日本語と絵で1枚を作り、英語やほかの言語はそこに足すと、1枚で届く人の数がいちばん多くなります。
2. トイレの貼り紙が、日本人向けの文章のまま
内閣府のトイレのガイドラインが外国人向けに挙げている掲示物は、トイレの使い方、手洗いの方法、消毒の方法です。会社で用意しがちな貼り紙は、たとえば「排水設備の安全が確認されるまで、水洗トイレの使用はお控えください」です。敬語、漢字の多い熟語、「〜まで〜控える」という条件つきの言い方が重なっていて、日本語に慣れていない人には意味が取りにくい文です。
やさしい日本語ガイドラインの作り方(一文に1つのこと、二重否定を使わない、敬語は丁寧語だけ、漢字にふりがな)にそって書き直すと、次のようになります。書き直しは当社の例で、置き場所の名前などは自社に合わせて変えてください。
| もとの文 | やさしい日本語の例 |
|---|---|
| 排水設備の安全が確認されるまで、水洗トイレの使用はお控えください。 | 水を 流さないで ください。 この 袋の 中に して ください。 |
| 使用後は凝固剤を投入し、袋の口を固く結んで所定の場所へ。 | 粉を 入れます。 袋を しばります。 袋を 箱に 入れます。 |
文だけで足りない部分は、絵で補います。袋をかぶせる、粉を入れる、しばる、箱に入れる、の4コマがあれば、文字が読めなくても手順は伝わります。内閣府の取組指針も「絵や写真の提示」を情報提供の手段に挙げています。なぜ水を流してはいけないのかは断水していなくても、会社のトイレを流してはいけないのはなぜですかで扱っています。
3. 翻訳機やアプリを入れただけで、使ったことがない
東京都のハンドブックは、多言語対応の音声翻訳機について、いざというときに「使用方法がわからない」とならないよう実際に使用訓練をしておくこと、よく使う定型文を前もって登録しておくことを求めています。登録しておく定型文は、上の表の「口頭の案内」です。帰らないでここにいてください、水を流さないでください、水と食べ物はここで配ります、の3つから始めれば足ります。
社員本人に入れておいてもらえるものもあります。観光庁が監修する「Safety tips」は、緊急地震速報、津波警報、気象の特別警報等をプッシュ型で通知し、対応のフローチャートやコミュニケーションカードも載せているアプリで、対応言語は15言語です(観光庁「訪日外国人旅行者用災害時に役立つツール」2026年4月2日更新)。訪日旅行者向けに作られたものですが、日本で働く人も使えます。防災訓練の案内に1行足して紹介すれば、会社の負担はほぼありません。
4. 国籍の名簿づくりから始めてしまう
「まず誰が外国籍かを調べよう」と始めると、作業が止まります。言語の希望を聞くつもりが、宗教や食事の話に広がると、要配慮個人情報(信条)を持つことになります。個人情報保護委員会のガイドラインは、単純な国籍や「外国人」という情報はそれだけでは人種に含まないとしていますが、宗教は信条に含みます。
掲示物は全員向けに作るので、誰が読むかを知らなくても作れます。先に把握するのは、手伝える側、つまり外国語が話せる社員です。東京都のハンドブックもそう書いています。個人の情報を集めずに備蓄を算定する考え方は個人の健康情報を集めずに、備蓄の算定はできますかにまとめています。
5. 平時の安全の掲示と、災害の掲示を別々に作っている
外国人を雇う事業主には、厚生労働省の指針があります。労働災害防止に関する標識・掲示等は、「図解等の方法を用いる等、外国人労働者がその内容を理解できる方法により行うよう努めること」とされています(外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針 第四の三の3)。この指針は地震や備蓄には触れていません。ただ、外国人を雇っている会社には、図解の掲示を作る段取りや翻訳を頼む先が、すでにあることが多いはずです。
災害の掲示を総務が一から作るより、安全の掲示を作っている担当と同じ段取りに乗せたほうが早く、表記もそろいます。救急用具の置き場所と使い方の周知(事務所衛生基準規則 第23条)と同じ通知で伝える方法は労働安全衛生法と防災備蓄は関係がありますかで扱っています。
社内でどう説明するか
稟議書や防災計画にそのまま使える書き方の例です。
前提:備蓄の数量は国籍で変わらない。数量は「算定対象人数×1日5回(内閣府)×日数」で出す。
追加するもの:トイレ・手洗い・備蓄の置き場所・待機区画の掲示物を、やさしい日本語(ふりがな・短文)と絵で作り直す。必要な言語はその後に足す(東京都 帰宅困難者対策ハンドブック 32・36〜38ページ/内閣府 トイレのガイドライン 8ページ)。
体制:外国語が話せる社員を、災害時の案内役として把握する。翻訳機・アプリには定型文を登録し、◯月の防災訓練で使ってみる。
個人情報:国籍・宗教の名簿は作らない。掲示は全員向け。
上司から「外国人対応にいくらかかるのか」と聞かれたら、備蓄品の追加はゼロで、増えるのは掲示物の作成と訓練の手間だと答えられます。
よくある誤解
| 誤解 | 実際 |
|---|---|
| 外国籍の社員がいると、備蓄の数が増える | 携帯トイレや水の数は人数×回数で決まり、国籍では変わらない。増えるのは掲示と説明 |
| 英語にすれば外国人には伝わる | 日常生活に困らない言語は日本語62.6%・英語44.0%という調査がある。まずやさしい日本語と絵 |
| 多言語の掲示は法律上の義務 | この記事で当たった国・東京都の資料に義務の規定はない。東京都条例の情報提供は努力義務。厚労省の指針は労働災害防止の掲示について図解等を求める |
| 対応するには、まず国籍の名簿が要る | 掲示は全員向けで、名簿がなくても作れる。把握するのは外国語が話せる社員(手伝う側) |
| 翻訳アプリがあれば当日なんとかなる | 東京都は使用訓練と定型文の登録を求めている。使ったことのない道具は当日使えない |
まとめ
- 備蓄の数量は国籍で変わらない。変わるのは伝え方
- 国と東京都が外国人について求めているのは、多言語・やさしい日本語・絵や写真による情報提供
- 先にやさしい日本語と絵で1枚を作り、言語はそのあとに足す
- 数えるのは人数ではなく、トイレ・手洗い・置き場所・待機区画・口頭の案内という「伝える場面」
- 国籍の名簿は作らず、外国語が話せる社員を手伝う側として把握する
この記事の出典
- 東京都「東京都帰宅困難者対策ハンドブック」令和5年3月(30〜32ページ 要配慮者・外国人への多言語での情報提供方法/36〜38ページ やさしい日本語)
https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/001/369/202303.pdf(確認日:2026年10月6日) - 内閣府(防災担当)「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」平成28年4月(令和6年12月改定)8ページ(配慮が必要な方への対応)・本文(1日5回)
https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/2412hinanjo_toilet_guideline.pdf(確認日:2026年10月6日) - 内閣府(防災担当)「避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」平成25年8月(令和6年12月改定)25ページ
https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/2412kankyokakuho.pdf(確認日:2026年10月6日) - 内閣府(防災担当)「災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン」令和8年1月(9ページ 利用者に対する情報提供/参考資料2 3日分)
https://www.bousai.go.jp/jishin/kitakukonnan/pdf/kitakukonnan_guideline.pdf(確認日:2026年10月6日) - 出入国在留管理庁・文化庁「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」2020年8月(3ページ 受け手の外国人のニーズ/7〜10ページ 作り方のポイント)
https://www.moj.go.jp/isa/content/930006072.pdf(確認日:2026年10月6日) - 厚生労働省「外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針」平成19年厚生労働省告示第276号(令和8年5月29日改正まで反映)第四の三
https://www.mhlw.go.jp/content/001707232.pdf(確認日:2026年10月6日) - 厚生労働省「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ(令和7年10月末時点)」概要版
https://www.mhlw.go.jp/content/11655000/001646128.pdf(確認日:2026年10月1日) - 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」2-3
https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_tsusoku/(確認日:2026年10月1日) - 観光庁「訪日外国人旅行者用災害時に役立つツール」(Safety tips)2026年4月2日更新
https://www.mlit.go.jp/kankocho/seisaku_seido/kihonkeikaku/jizoku_kankochi/anzenkakuho/inbound/tool.html(確認日:2026年10月6日)
この記事は国と自治体の公表資料にもとづく一般的な整理です。掲示物の言語や書き方は、社内で実際に働く方の声を聞いて調整してください。
この記事の論点だけでも、トイレ・手洗い・備蓄の置き場所・待機区画の掲示、口頭の定型文、案内役の社員と、確かめることが6つあり、拠点ごとに個室や置き場所の数も変わります。備蓄は人の命に関わるので1つも落とせず、これを担当者1人が覚えて回し続けるのは現実的ではありません。当社はそのための管理の仕組みをご用意しています。
当社は非常用トイレをはじめとする防災備蓄品を扱っており、備蓄数量の算定のご相談も承っています。自社の人数で数えると、どの品目がいくつ要るかは、算定で出せます。
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