労働安全衛生法には、防災備蓄を求める条文はありません。法律と、事務所に適用される事務所衛生基準規則・労働安全衛生規則の全文を検索しても「備蓄」の語は0件です。ただし、救急用具・飲み水・便所の3つは平常時から「しなければならない」義務です。救急用具の中身は2021年に国の品目一覧が削除され、自社で決める形に変わっています。

BCP対策の担当になった総務の方が、社内の安全衛生担当や産業医と話すときに出てくるのがこの問いです。「備蓄は安衛法の話なのか、それとも別の話なのか」。この記事では、法令の原文を検索した結果と、平常時の義務のうち災害時の備えにつながる3つを並べ、どこで決めればよいかまでを整理します。備蓄そのものの義務の有無(条例の努力義務など)は企業に防災備蓄の義務はありますかにまとめています。

根拠の数字|条文に「備蓄」は0件、ただし平常時の義務が3つある

まず、労働安全衛生法と、その下で事業者の措置を定めている省令2本の全文(e-Gov法令検索、2026年10月1日施行の版。事務所衛生基準規則は2022年12月1日施行の版)で、語を検索した結果です。

法令「備蓄」「地震」備考
労働安全衛生法0件0件—
事務所衛生基準規則(事務所に適用)0件0件救急用具・給水・便所の条文あり
労働安全衛生規則0件15件「地震」はすべて、足場・ずい道・土止めの地震の後の点検や土石流への措置といった工事現場の規定と、原発事故に由来する放射性物質の定義

出典:e-Gov法令検索 労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)/労働安全衛生規則(昭和47年労働省令第32号)/事務所衛生基準規則(昭和47年労働省令第43号)。2026年10月4日確認。

備蓄の条文はありません。一方で、事務所衛生基準規則には、平常時から事業者が「しなければならない」と定められている備えが3つあります。災害で社内にとどまる場面で、真っ先に足りなくなるものと重なっています。

条文求めていること語尾
事務所衛生基準規則 第23条(救急用具)負傷者の手当に必要な救急用具・材料を備え、備付け場所と使用方法を労働者に周知する。常時清潔に保つしなければならない
事務所衛生基準規則 第13条第1項(給水)労働者の飲用に供する水その他の飲料を十分に供給するしなければならない
事務所衛生基準規則 第17条(便所)男性用と女性用に区別し、同時に就業する人数に応じた数以上の便所を設けるしなければならない

出典:事務所衛生基準規則 第13条・第17条・第23条(e-Gov法令検索、2026年10月4日確認)。工場など事務所以外の作業場では、救急用具は労働安全衛生規則 第633条が同じ文言で定めています。

比べるために、国のガイドラインも見ておきます。内閣府の帰宅困難者等ガイドライン(令和8年1月)参考資料2は、備蓄の品目として「救急医療薬品類」を挙げていますが、数量は示していません。安全衛生の側も防災の側も、救急の中身は会社に任されている、というのが出発点です(ガイドラインの品目の並びは絶対に必要なものと、そうでもないものはありますかで整理しています)。

この話は誰向けか。自社にどう読み替えるか

この記事は、安衛法の担当者と防災備蓄の担当者が別の人になっている会社に向けて書いています。衛生管理者や産業医が見ている帳簿と、総務が見ている備蓄の一覧が、同じ救急箱や同じ水を別々に数えていることがあるからです。

読み替え方は2つです。

  • 安衛法を備蓄の根拠に使わない。条文に備蓄の語はなく、「安衛法で義務だから水を3日分」とは書けません。備蓄の数量の根拠は、内閣府ガイドラインと自治体の条例です
  • 安衛法の義務は、平常時の設備が止まったときの穴として読む。給水と便所の義務は、水道と排水が動いている前提の設備で満たしています。断水すればどちらも使えなくなり、その穴を埋める手段が備蓄の水と携帯トイレです。救急用具は設備に頼らないので、災害時にもそのまま使える数少ない備えです

なお、安衛法とは別に、労働契約法 第5条は使用者に、労働者が生命・身体等の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をすることを求めています(安全配慮義務)。こちらは防災備蓄の予算を、社内でどう通せばいいですかで稟議の書き方と合わせて説明しています。

数え方|「50人」は常時使用する労働者で、備蓄の人数とは違う

安衛法の仕組みは、事業場の人数で決まります。ここで使う人数は「常時使用する労働者の数」です。

事業場の規模(常時使用する労働者)置く人・場根拠
10人以上50人未満衛生推進者(工場などの業種では安全衛生推進者)安衛法 第12条の2/安衛則 第12条の2
50人以上衛生管理者・産業医・衛生委員会(毎月1回以上開催)安衛法 第12条・第13条・第18条/施行令 第4条・第5条・第9条/安衛則 第23条
委員会を設けていない事業者安全・衛生に関する事項について、関係労働者の意見を聴く機会を設ける安衛則 第23条の2

出典:労働安全衛生法・同法施行令(昭和47年政令第318号)・労働安全衛生規則(e-Gov法令検索、2026年10月4日確認)。

一方、防災備蓄の人数は在籍人数でも常時使用する労働者でもなく、発災時に建物にいる人数(同時在館の最大人数に、協力会社・来客を足し、徒歩で帰る人を引いた数)です。数え方は従業員100人の会社は、防災備蓄を何人分そろえればいいですかにあります。派遣社員・協力会社の常駐者・来客は、衛生委員会の「50人」には入らなくても、備蓄の人数には入ります。2つの人数を同じ表で混ぜないことが、数え方の要点です。

計算例|100人と300人の事業場

常時使用する労働者が100人・300人の事務所で、安衛法側の場と、同じ人数を備蓄側で数えたときの水の量を並べます。水は内閣府ガイドライン参考資料2の「1人1日3リットル、3日分で9リットル」を使い、ここでは算定人数を労働者数と同じと仮置きしています(実際は来客や協力会社で増減します)。

100人の事業場300人の事業場
衛生委員会必要(毎月1回以上)必要(毎月1回以上)
産業医選任が必要選任が必要
救急用具(事務所則23条)備え付け・場所と使い方の周知が必要。中身は自社で決める同左
平常時の飲み水(事務所則13条)十分に供給十分に供給
備蓄の水 3日分(内閣府GL)100人×9L=900L300人×9L=2,700L
備蓄の水 7日分(当社の置き方)100人×21L=2,100L300人×21L=6,300L

備蓄日数について当社では、7日分を到達点、3日分を必須ラインと置いています。公表基準(内閣府ガイドライン・東京都条例)の3日分は最低限そろえる量で、実際には3日分を第1段階として段階的に導入する企業が多数です。7日分は公表された基準ではなく当社の置き方です。

この表で見てほしいのは、人数が3倍になっても安衛法側の「場」は変わらないのに、備蓄の量は人数に比例して3倍になる点です。月1回の衛生委員会で同じ議題を扱えるなら、量が大きい会社ほど、そこで数の根拠を固めておく効果が大きくなります。予算が通らない原因は金額の大きさより、数の根拠が担当者の判断に見えることです。産業医と衛生委員会を通した数であれば、稟議で「社内の安全衛生の手続きを経た数」と説明でき、それが予算への近道になります。

実務でつまずく点

1. 救急箱の中身を決める国の一覧は、2021年12月に削除された

かつて労働安全衛生規則 第634条には、作業場に備える救急用具の具体的な品目が並んでいました。2021年12月1日の「事務所衛生基準規則及び労働安全衛生規則の一部を改正する省令」でこの品目の規定が削除され、第634条はいま「削除」とだけあります。事務所に適用される事務所衛生基準規則 第23条も、品目を書いていません。

厚生労働省のリーフレットは、改正後の考え方を「職場で発生することが想定される労働災害等に応じ、応急手当に必要なものを産業医等の意見、衛生委員会等での調査審議、検討等の結果等を踏まえ、備え付けることとした」と説明しています。つまり「国の一覧どおりの救急箱を置いておけば足りる」という時代は終わっていて、中身は会社が決めることになっています。改正前に買った救急箱をそのまま置いている会社では、中身を誰も決めていない状態になっていることがあります。

通達の「想定される労働災害等」に地震で社内にとどまる場面が入るかどうかは、リーフレットの文言からは読み取れません。ただ、決め方の手続き(産業医の意見と衛生委員会の審議)は、防災備蓄の「救急医療薬品類」を決めるときにもそのまま使えます。2つを別々に決めず、同じ会議で一度に決めるのが手戻りの少ない順番です。

2. 救急用具の義務は「置く」だけでなく「場所と使い方を知らせる」まで

第23条第1項は、救急用具を備えることに加えて、備付け場所と使用方法を労働者に周知させることまでを義務にしています。第2項は常時清潔に保つことを求めています。

防災備蓄では、置き場所を担当者しか知らない、という状態が起きがちです。救急用具の周知と同じ掲示・同じ社内通知で、備蓄品の置き場所も一緒に知らせると、手間が1回で済みます。置き場所そのものの決め方は備蓄品はどこに置けばいいですかにあります。

3. 衛生委員会の議題に、備蓄は最初から入っていない

衛生委員会で調査審議する事項は、労働安全衛生規則 第22条に列挙されています。衛生に関する規程の作成、健康診断の結果への対策、長時間労働や心の健康の対策などで、列挙の中に「災害」「備蓄」「避難」の語はありません。

議題に載せるかどうかは会社の判断です。毎月1回以上開く委員会がすでにあるなら、救急用具の中身の見直し(つまずき1)を入口にして、備蓄の数と置き場所を年に1回だけでも議題にすると、産業医の目が備蓄に入ります。50人未満で委員会がない事業者は、安衛則 第23条の2の「関係労働者の意見を聴くための機会」が同じ役目の場になります。

4. 平常時の飲み水と便所の義務は、断水すると満たす手段がなくなる

第13条(給水)と第17条(便所)の条文に、災害時を除くという書き方はありません。そして、どちらも水道と排水が動いていることを前提にした設備で満たしています。

断水のときは、平常時の便器はそのままでは使えず(断水していなくても、会社のトイレを流してはいけないのはなぜですか)、給湯室の蛇口からも水は出ません。平常時の義務を果たしている設備が、災害時には丸ごと止まります。止まったあとに飲み水とトイレを用意できるのは、備蓄だけです。便所の数の基準と災害用トイレの基準の違いは災害用トイレは何人に1基必要ですかで、飲み水の量は会社の備蓄で、水は1人1日何リットル必要ですかで説明しています。

5. 安衛法の人数と備蓄の人数を、同じ名簿で数えてしまう

衛生委員会や産業医の要否を決める「常時使用する労働者」と、備蓄の算定人数は別物です(数え方の節)。安全衛生の名簿をそのまま備蓄の人数に流用すると、常駐する協力会社や来客の分が抜け、夜間や休日の在館の少なさも反映されません。名簿は流用せず、備蓄用に同時在館の人数を数え直すのが安全です。

社内でどう説明するか

稟議や監査で安衛法との関係を聞かれたら、次の3文で答えられます。

  1. 労働安全衛生法と関係省令には、防災備蓄を求める条文はありません(全文検索で「備蓄」0件)。備蓄の数量の根拠は内閣府ガイドラインと自治体の条例です
  2. ただし、救急用具の備え付けと周知(事務所衛生基準規則 第23条)は平常時からの義務で、2021年12月の改正以降、中身は産業医の意見や衛生委員会の審議を踏まえて会社が決めることになっています
  3. そこで、救急用具と防災備蓄の救急医療薬品類を衛生委員会で一度に見直し、あわせて備蓄の数と置き場所も同じ場で確認します

「安衛法で義務だから買う」とは書かず、「安衛法の手続きの中で数を決めた」と書くのがポイントです。義務の根拠を取り違えると監査で指摘されますが、決め方の手続きとして使う分には、条文と食い違いません。

よくある誤解

よくある理解実際
防災備蓄は労働安全衛生法の義務だ安衛法・事務所衛生基準規則・労働安全衛生規則の全文に「備蓄」の語は0件。備蓄の根拠は内閣府ガイドラインと条例
安衛法と防災備蓄は無関係だ救急用具・飲み水・便所の3つは平常時から「しなければならない」義務で、災害時にまず足りなくなるものと重なる
救急箱は国が決めた中身をそろえればよい品目の規定は2021年12月1日の改正で削除。いまは職場で想定される労働災害等に応じ、産業医等の意見や衛生委員会等の審議を踏まえて決める
救急箱を置いておけば義務は果たせている置き場所と使い方を労働者に周知することと、常時清潔に保つことまでが義務(事務所衛生基準規則 第23条)
衛生委員会の人数で備蓄も数えればよい衛生委員会の50人は常時使用する労働者。備蓄は同時在館の人数に協力会社・来客を足して数える

まとめ

  • 労働安全衛生法と関係省令には、防災備蓄を求める条文はない(「備蓄」0件)
  • ただし救急用具・飲み水・便所は平常時からの義務。給水と便所は断水で止まり、その穴を埋めるのが備蓄
  • 救急用具の品目一覧は2021年12月に削除され、中身は産業医の意見・衛生委員会の審議を踏まえて会社が決める
  • 救急用具と備蓄の救急医療薬品類は、衛生委員会(50人以上・毎月1回以上)で一度に見直すと手戻りが少ない
  • 安衛法の人数(常時使用する労働者)と備蓄の人数(同時在館)は混ぜない

この記事の出典

この記事は法令の条文と国の公表資料にもとづく整理で、個別の事業場への法令の当てはめ(罰則の適用を含む)は、所轄の労働基準監督署にご確認ください。

この記事の論点だけでも、救急用具の中身・置き場所の周知・清潔の保持、衛生委員会の議題、飲み水とトイレの代わり、2つの人数の数え分けと、確かめることが6つあり、拠点ごとに人数も変わります。備蓄は人の命に関わるので1つも落とせず、これを担当者1人が覚えて回し続けるのは現実的ではありません。当社はそのための管理の仕組みをご用意しています。

当社は非常用トイレをはじめとする防災備蓄品を扱っており、備蓄数量の算定のご相談も承っています。自社の人数で数えると、どの品目がいくつ要るかは、算定で出せます。

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