ハラルやベジタリアンに対応した非常食を、専用品として人数分そろえる義務はありません。ただし内閣府の取組指針は、文化・宗教上の理由で食べられない食料がある人に「可能な限り配慮することが望ましい」としています。会社がやることは、社員に宗教を聞いて数えることではありません。主食を原材料が米だけのものに寄せ、外装の原材料表示を残して、本人に選んでもらうことです。

BCP対策の備蓄を見直していて、「外国籍の社員が増えたが、豚肉が食べられない人の分はどうするのか」「菜食の社員がいると聞いたが、何を買えばいいのか」と手が止まった総務・防災担当の方に向けた記事です。国の資料に書いてあることと、書いていないことを分けて整理します。

根拠の数字|国が書いているのは「配慮が望ましい」まで

資料書いてあること会社の備蓄にとっての意味
内閣府「避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」(令和6年12月改定)第2の9(4)文化・宗教上の理由から外国人等の避難者が食べることができない食料がある場合、可能な限り配慮することが望ましい公の文書で宗教上の食事に触れているのはここ。ただし市町村が運営する避難所向けで、企業向けではない
同 指針 第2の9(1)提供する食事の原材料表示を示した包装や、食材料を示した献立表を掲示し、避難者が確認できるようにする外装を捨てずに配れば、本人が自分で判断できる
個人情報保護委員会「ガイドライン(通則編)」2-3(令和8年6月一部改正)要配慮個人情報に信条が入る。信条は「個人の基本的なものの見方、考え方を意味し、思想と信仰の双方を含む」。一方、単純な国籍や「外国人」という情報は、それだけでは人種に含まない宗教を聞いて一覧にすると、要配慮個人情報を持つことになる
厚生労働省「公正な採用選考の基本」「宗教に関すること」は、本来自由であるべき事項(思想・信条にかかわること)として、応募用紙や面接で把握すると就職差別につながるおそれがある事項に挙げられている社内でも、宗教を尋ねることの重さは同じだと考えておく
観光庁「ベジタリアン・ヴィーガン/ムスリム旅行者おもてなしガイド」(令和6年4月)25ページイスラムの教えで口にしてはいけない「ハラム」には、豚・豚由来品、アルコール等が含まれる。豚由来の成分は乳化剤、ショートニング、ゼラチン、コラーゲンなどにも含まれうる「豚肉を使っていない」だけでは判断がつかない
同 ガイド 13・14ページベジタリアンが卵や乳製品を食べるかは人によって変わる。ヴィーガンは卵・乳製品・蜂蜜・ゼラチンも食べない。かつおなど動物由来の出汁も避けられる「肉が入っていない」だけでは判断がつかない
同 ガイド 2・29ページイスラムの教えの解釈や実践方法は、宗派や国・地域、文化、個人によって異なる。食べるもの・食べないものは本人の判断に委ねる会社が「この人はこれを食べない」と決めつけない

出典:内閣府(防災担当)「避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」平成25年8月(令和6年12月改定)20・21ページ、個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」平成28年11月(令和8年6月一部改正)2-3・3-3-2、厚生労働省「公正な採用選考の基本」、観光庁「ベジタリアン・ヴィーガン/ムスリム旅行者おもてなしガイド」令和6年4月(いずれも2026年10月1日確認)。

前提の切り分け|企業向けの基準には、宗教上の食事の記述がない

まず、この話に数量の基準はありません。企業の備蓄の目安を示している内閣府の帰宅困難者等対策ガイドライン(令和8年1月)と、東京都の帰宅困難者対策ハンドブック(令和5年3月)の本文を確認しましたが、宗教上の食事制限や菜食についての記述はありませんでした。東京都のハンドブックは外国人を要配慮者の例に挙げていますが(29〜30ページ)、そこで求めている配慮は多言語での情報提供や「やさしい日本語」で(31ページ)、食事ではありません。

公の文書で宗教上の食事に触れているのは、上の内閣府の取組指針です。これは市町村が避難所を運営するための指針で、書き方も「望ましい」です。つまり、企業がハラル対応やベジタリアン対応の非常食を用意する義務はありません。それでも考えておく理由は、社員が何日も会社にとどまったとき、食べられるものが無い人が出ると、その人は水だけで過ごすことになるからです。

もう1つの切り分けは、ハラルと菜食は別の話だが、重なる部分があるということです。観光庁のガイドによれば、菜食の背景は宗教だけでなく、動物愛護・環境保護・健康維持などさまざまです(13ページ)。ムスリムが避けるのは豚とアルコールで、ハラール処理された肉なら食べられます。一方、ベジタリアンは肉そのものを食べません。両方が食べられるのは、肉・豚由来成分・アルコール・動物性の出汁を含まないものです。原材料が米だけの白米は、この条件をすべて満たします。

数え方|人数は増やさず、主食の中身を寄せる

数えるのは「主食の食数」です。内閣府が示す目安は1人1日3食で、この3食は主食の数を指しています(詳しくは「非常食は1人1日何食で計算しますか」)。掛ける人数は在籍人数ではなく、発災時に職場にいるであろう人数(算定対象人数)です。

ここで、宗教や菜食の人の分を別の行として足さないのがポイントです。全員が食べられる主食を軸にすれば、食数の合計は変わりません。変わるのは、主食の中身(内訳)だけです。

層中身数え方
主食(全員が食べられる軸)原材料名が米だけの白米(アルファ化米など)。原材料表示で確かめて選ぶ算定対象人数 × 3食 × 日数 の中に含める。別枠にしない
主食(そのほか)乾パン、クラッカー、麺など同じ合計の中で割り振る。乳・卵・ショートニングなどが入ることがあるので、外装を残して配る
副食(缶詰など)肉・魚・野菜の缶詰など国の目安の外(備考)。肉の缶詰だけにしない
本人が持ち込む分本人が職場に置いておく食品会社は数えない。置き場所を用意するだけ

この組み立ては、食物アレルギーへの備え方と同じです。内閣府の指針は、アレルギーのある人にも配慮して「アルファー米等の白米」を備蓄するよう書いています(「食物アレルギーのある社員の分は、どう備えればいいですか」)。米だけの白米は、アレルギー・宗教・菜食の3つをまとめて受け止められる主食です。3つを別々に数えて別々に買う必要はありません。

日数は「7日目標・3日必須」で考えます。3日分は国や東京都が示す最低ラインで、当社では7日分を到達点と置いています。多くの会社は3日分から段階的にそろえていて、これは妥協ではなく現実的な順序です。まず最初の3日分の主食を、全員が食べられるものを軸に組むところから始めます。

計算例|100人と300人で、宗教・菜食のために足す食数は0

項目計算算定対象人数100人算定対象人数300人
主食 3日分(第1段階)人数 × 3食 × 3日900食2,700食
主食 7日分(当社の到達点)人数 × 3食 × 7日2,100食6,300食
都内の拠点|3日分+帰宅困難者上乗せ数量 ×(1+0.1)990食2,970食
都内の拠点|7日分+帰宅困難者上乗せ数量 ×(1+0.1)2,310食6,930食
宗教・菜食のために別に足す食数全員が食べられる主食を軸にするため0食0食

帰宅困難者上乗せは、東京都が外部の帰宅困難者のための共助分として示している10%程度で、東京都内の拠点が対象です。都外の拠点には一律で乗せません。算定対象人数の出し方は「従業員100人の会社は、防災備蓄を何人分そろえればいいですか」で扱っています。

表の最後の行が、この記事の答えです。合計の食数は、社員の宗教や食習慣を1つも知らなくても出ます。決めるのは「その900食のうち、何を米だけの白米にするか」という中身の配分だけです。

実務でつまずく点

1. 「宗教を教えてください」と聞いた時点で、重い管理が始まる

ハラル対応の人数を知ろうとして、社内アンケートで宗教や食事の戒律を尋ねる会社があります。しかし宗教は「信条」にあたり、要配慮個人情報です。本人が自分で答えれば取得の同意はあったものと扱われますが(通則編3-3-2)、問題はその後です。宗教が書かれた社員の一覧は、漏えいやそのおそれが1件でも起きれば、個人情報保護委員会への報告が必要になる情報です(通則編2-3)。採用の場面では、宗教を尋ねること自体が就職差別につながるおそれのある事項とされています。

非常食の配分を決めるために、この管理を背負う必要はありません。全員が食べられる主食を軸にすれば、人数を聞かなくても数量が決まります。本人から「実はこういう事情がある」と伝えてきたときの受け口を1つ決めておけば足ります。健康情報を集めずに算定する考え方は「個人の健康情報を集めずに、防災備蓄の算定はできますか」で整理しています。

予算の面でも、聞かないほうが通りやすくなります。アンケートの人数で積み上げると、稟議で「回答しなかった人の分はどうするのか」と聞かれたときに答えられません。算定対象人数 × 3食 × 日数という式のままなら、数の根拠を誰にでも説明できます。根拠を説明できる数量は、予算が通りやすい数量です。

2. 「豚肉を使っていない」だけでは足りない

観光庁のガイドは、ムスリムが避けるものとして豚肉だけでなく、豚のエキスやラード、乳化剤・ショートニング・ゼラチン・コラーゲンなどに含まれる豚由来の成分、そしてアルコールを挙げています(25ページ)。醤油などの調味料に含まれる微量のアルコールも口にしない人がいる一方、ここは意見が分かれるとも書いています。ベジタリアンの場合は、かつおなど動物由来の出汁も避けられます(14ページ)。

味付きの非常食は、原材料の数が多いぶん、こうした成分が入る余地が増えます。担当者が1品ずつ判定しようとすると、手が止まります。判定の要らない主食(米だけの白米)を軸に置き、味付きのものは本人が表示を見て選ぶ、と役割を分けるほうが現実的です。

3. アレルギー表示に「豚肉」が無いことを、入っていない証明にしてしまう

消費者庁のアレルギー表示で、豚肉・牛肉・鶏肉・ゼラチンは「特定原材料に準ずるもの」で、表示は推奨にとどまります(表示が義務なのは、えび・かに・小麦・卵・乳など9品目)。さらに、上で見たとおり豚由来の成分は乳化剤などにも含まれえます。

アレルギー表示の欄に「豚肉」の文字が無いことを、社内で「豚は入っていません」と説明する根拠にしないでください。言えるのは「原材料名に米しか書かれていない」ことまでです。だからこそ、判断のいちばん確かな軸は、原材料が1つしかない主食になります。

4. 配るときに外装を捨ててしまう

災害時は、段ボールを開けて中身だけを配りがちです。しかし原材料表示は外装にしか書かれていません。内閣府の指針が「原材料表示を示した包装」を避難者が確認できるようにと書いているのはこのためです。観光庁のガイドも、使っている食材を示して本人が選べるようにすることを基本に置いています(6・29ページ)。

配布のときに決めておくのは2つだけです。外装ごと配ること、そして米だけの白米がどの箱にあるかを配布係が言えること。費用はかかりません。配布の手順書に1行足すだけです。

5. 国籍から人数を見積もってしまう

厚生労働省によると、令和7年10月末時点で外国人労働者は2,571,037人、外国人を雇用する事業所は371,215所で、どちらも届出が義務化された平成19年以降で最多です。この問いが増えている背景はここにあります。

ただ、国籍は宗教を表しません。同じ宗教でも、教えの解釈や実践は宗派・国・地域・個人によって違う、と観光庁のガイドは繰り返し書いています。日本国籍のムスリムもベジタリアンもいます。国籍別の人数から「対応食◯人分」を割り出すと、根拠のない数字になります。ここでも、人数を当てにいかずに全員が食べられる主食を軸にする方法のほうが、外れがありません。

6. ハラール認証品を全員分そろえようとする

「どうせなら全部ハラール認証品に」と考えると、選べる商品が限られ、予算も膨らみます。観光庁のガイドによれば、ハラール認証には世界統一の基準がなく、認証機関は世界に300以上あるといわれます(30ページ)。同じページでは、飲食店の対応の度合いを「認証取得」「ムスリムフレンドリー」「ノーポーク・ノーアルコール」「情報開示」の4段階に分け、必ずしも認証取得までを目指す必要はなく、可能な限りの対応をしたうえで判断材料を示すことが重要だとしています。

このガイドは旅行者向けの飲食の話なので、そのまま備蓄に当てはめることはできません。ただ、「全部を認証品にする」の前に「判断材料を出す」段があるという順序は参考になります。予算が限られているなら、削ってよいのは認証品への置き換えで、削ってはいけないのは米だけの主食と外装の表示です。

社内でどう説明するか

稟議や上司への説明では、次の3点を並べると通りやすくなります。

  • 義務と配慮の区別:「宗教上の食事への対応は法令上の義務ではありません。内閣府の避難所向け指針が、可能な限りの配慮を望ましいとしています」
  • 数量は増えない:「主食の食数は算定対象人数 × 3食 × 日数のままです。宗教や食習慣のために追加で買う食数はありません。変えるのは主食の中身の配分です」
  • 個人情報を増やさない:「宗教は要配慮個人情報にあたるため、社員に尋ねて一覧にすることはしません。全員が食べられる主食を軸にし、外装の原材料表示を残して本人に選んでもらいます」

監査やBCPの見直しで「多様な社員への配慮はどうなっているか」と問われたときも、同じ3点で答えられます。特に3点目は、配慮していないのではなく、配慮のために個人の信条を集めない設計にしている、という説明になります。

よくある誤解

誤解実際
外国籍の社員がいる会社は、ハラル対応の非常食を備える義務がある義務を定めた法令はない。内閣府の避難所向け指針が「配慮が望ましい」としているまで
対応するには、まず社員の宗教を把握する必要がある宗教は要配慮個人情報(信条)。全員が食べられる主食を軸にすれば、把握しなくても数量は決まる
豚肉が入っていなければ、ムスリムの人は食べられる豚由来の成分(乳化剤・ゼラチン等)やアルコールも避ける人がいる。どこまで避けるかは個人で異なる
肉が入っていなければ、ベジタリアンの人は食べられる卵・乳製品・動物性の出汁を避ける人もいる。ヴィーガンは蜂蜜・ゼラチンも食べない
対応食の分だけ、備蓄の総数を増やす必要がある増えない。合計の食数はそのままで、主食の中身を寄せる

まとめ

  • ハラル・ベジタリアン対応の非常食を備える義務はない。内閣府の避難所向け指針が「可能な限り配慮することが望ましい」としている
  • 社員に宗教を聞かない。宗教は信条=要配慮個人情報で、一覧にすると漏えい時の報告義務まで背負う
  • 主食を原材料が米だけの白米に寄せれば、アレルギー・宗教・菜食をまとめて受け止められる。合計の食数は増えない
  • アレルギー表示の欄に「豚肉」が無いことを、入っていない証明にしない。豚肉・ゼラチンは表示推奨の品目
  • 配るときは外装ごと。選ぶのは本人

この記事の論点だけでも、主食の原材料の確認、副食の偏りの確認、外装を残す配布手順、受け口の決め方と、確かめることが4つあります。備蓄は人の命に関わるので1つも落とせず、アレルギー・生理用品・要配慮者用トイレといったほかの品目の決まりと合わせて、これを担当者1人が覚えて回し続けるのは現実的ではありません。当社はそのための管理の仕組みをご用意しています。

当社は非常用トイレをはじめとする防災備蓄品を扱っており、備蓄数量の算定のご相談も承っています。自社の拠点ごとの人数で数えると、各品目がいくつ要るかは、算定で出せます。

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