備蓄そのものを「しなければならない」と定めた法令はありません。災害対策基本法が備蓄の努力義務を書いている相手は、事業者ではなく住民です。ただし東京都内の事業者には、備蓄を含む事業所防災計画の作成が「しなければならない」と条例に書かれています。備蓄の中身は努力義務、それを書き込む計画は義務。ここが境目です。

根拠の数字

この問いは、条文の語尾を並べると答えが出ます。「しなければならない」と「努めなければならない」は、法令では書き分けられています。備蓄に関係する条文を、主語と語尾で整理します。

根拠主語(誰に向けた条文か)何を求めているか条文の語尾
災害対策基本法 第7条第3項地方公共団体の住民食品、飲料水その他の生活必需物資の備蓄努めなければならない
災害対策基本法 第7条第2項災害応急対策等に必要な物資・資材・役務の供給又は提供を業とする者災害時の事業活動の継続と、国・地方公共団体の施策への協力努めなければならない
災害対策基本法 第49条
(見出し:防災に必要な物資及び資材の備蓄等の義務等)
災害予防責任者物資及び資材の備蓄・整備・点検しなければならない
東京都帰宅困難者対策条例 第7条第2項事業者(都内)従業者の3日分の飲料水、食糧その他必要な物資の備蓄努めなければならない
東京都震災対策条例 第10条事業者(都内)事業所単位の防災計画の作成しなければならない
労働契約法 第5条使用者生命、身体等の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮するものとする

出典:災害対策基本法(昭和36年法律第223号、令和8年9月16日施行の版)/東京都帰宅困難者対策条例(平成24年東京都条例第17号)/東京都震災対策条例(平成12年東京都条例第202号)/労働契約法(平成19年法律第128号)。いずれも2026年9月20日確認。

法律が「備蓄」と「義務」を並べている条文は1つだけで、主語が企業ではない

災害対策基本法で、見出しに「備蓄」と「義務」が並んでいるのは第49条だけです。条文はこうです。「災害予防責任者は、法令又は防災計画の定めるところにより、その所掌事務又は業務に係る災害応急対策又は災害復旧に必要な物資及び資材を備蓄し、整備し、若しくは点検し(略)なければならない」。

この「災害予防責任者」は第47条で定義されています。指定行政機関の長及び指定地方行政機関の長、地方公共団体の長その他の執行機関、指定公共機関及び指定地方公共機関、公共的団体、そして防災上重要な施設の管理者です。一般の事業所は、通常はここに入りません。ただし最後の1つだけは、企業が当てはまることがあります。後述します。

一方、備蓄そのものを名指しした第7条第3項の主語は「地方公共団体の住民」です。家庭の備蓄の話であって、会社の話ではありません。企業が名指しされている第7条第2項は「災害応急対策又は災害復旧に必要な物資若しくは資材又は役務の供給又は提供を業とする者」、つまり食料・燃料・輸送など供給側の業種に向けた条文で、求めているのは備蓄ではなく事業活動の継続です。

結論として、全国共通の法律に、一般の企業が備蓄をする義務も努力義務も書かれていません。ここが出発点です。

東京都では、備蓄は努力義務だが、計画の作成は義務

東京都帰宅困難者対策条例 第7条第2項は「事業者は、前項に規定する従業者の施設内での待機を維持するために、知事が別に定めるところにより、従業者の三日分の飲料水、食糧その他災害時における必要な物資を備蓄するよう努めなければならない」と定めています。努力義務です。条例は全14条で、罰則の章はありません。

ところが、もう1つの条例の語尾が違います。東京都震災対策条例 第10条です。

東京都震災対策条例 第10条(事業所防災計画の作成)
「事業者は、その事業活動に関して震災を防止するため、都及び区市町村が作成する地域防災計画を基準として、事業所単位の防災計画(以下「事業所防災計画」という。)を作成しなければならない。」

そして、この計画に何を書くのかは、東京都震災対策条例施行規則 第2条を受けた告示で決まっています。「震災に備えての事前計画」として16項目が挙がっており、その中に「救出、救護等の資器材及び非常用物品の準備及び保管に関すること」が入っています。同じ事前計画の項目には「従業員、児童、生徒等及び他の在館者の一斉帰宅の抑制に関すること」「従業員等その他事業所における帰宅困難者に対する情報の提供、保護支援、混乱防止対策等に関すること」も並びます。

つまり都内の事業者にとって、備蓄品を何個買うかは努力義務、その備蓄を計画に書くことは義務という構造になっています。買う前に、計画の欄が埋まっているかどうかが先に問われます。

条文の「3日分」は最低ラインで、到達点ではない

条例に書かれている日数は3日分です。これは公表された基準で、そのまま稟議に書けます。当社では備蓄の到達点を7日分と置いていますが、これは公表基準ではなく当社の置き方です。実際には3日分から段階的に始める企業のほうが多く、それは妥協ではなく現実的な順序だと考えています。日数の決め方と、3日分と7日分で何が何倍になるのかは防災備蓄は何日分そろえればいいですかにまとめています。

この話は誰向けか。自社にどう読み替えるか

上の条文は、自社の所在地と施設の性格で当てはまり方が変わります。

自社の状況効いてくる条文義務の側にあるもの
東京都内に事業所がある東京都震災対策条例 第10条/東京都帰宅困難者対策条例 第7条事業所防災計画の作成。備蓄の中身は努力義務
東京都外にのみ事業所がある災害対策基本法/所在地の自治体の条例災害対策基本法に一般の事業者の備蓄義務はない。条例の有無は自治体ごとに異なるため、個別に確認する
区市町村の地域防災計画に「防災上重要な施設」として位置づけられている災害対策基本法 第47条・第49条計画の定めるところにより、備蓄が「しなければならない」側に移る
収容人員50人以上の事務所(消防法)消防法 第8条第1項/消防法施行令 第1条の2第3項第1号ハ防火管理者の選任と消防計画の作成・届出

出典:災害対策基本法/東京都の両条例/消防法施行令(昭和36年政令第37号)。2026年9月20日確認。

都外の条例については、本記事では東京都の条文だけを示します。自治体ごとに有無も内容も違い、まとめて断定できないためです。所在地の自治体名と「帰宅困難者」「事業所防災計画」で例規集を引くと、条文の語尾まで確認できます。横浜市・大阪市など主な府県と政令市の条文は東京都以外の自治体にも、企業に防災備蓄を求める条例はありますかで並べています。

何を1と数えるのか

ここを外すと、義務の範囲が実態より小さく見えます。数える単位は法人ではなく、事業所です。

東京都震災対策条例 第10条は「事業所単位の防災計画」と書いています。本社で1本作って全社に配っている状態は、条文の求めているものとずれます。

そして「事業者」の側にも限定がありません。東京都帰宅困難者対策条例 第1条は事業者を「事業を行う法人その他の団体又は事業を行う場合における個人」と定義しています。従業員数の下限も、業種による除外も、条文にはありません。震災対策条例のほうにも規模による除外は書かれていません。「うちは小さいから対象外」という線は、条文の側には引かれていません。

備蓄の人数を数えるときの単位は、また別です。そちらは在籍人数ではなく、発災時にその事業所にいるであろう人数で数えます。数え方は従業員100人の会社は、防災備蓄を何人分そろえればいいですかにまとめています。

計算例

計画の本数は事業所の数で決まり、備蓄の努力義務がかかる人数は都内にいる人数で決まります。この2つは同じ数になりません。

A社B社
従業員100人300人
拠点都内本社1か所(在館100人)都内本社(200人)+都内営業所(40人)+都外工場(60人)
事業所防災計画(東京都震災対策条例 第10条)1本2本(都内の2事業所。都外工場は都の条例の対象外)
消防計画の作成・届出(消防法 第8条)収容人員50人以上のため必要本社は必要。営業所は収容人員で判断
備蓄の努力義務がかかる人数100人240人(都内2拠点の合計)
帰宅困難者上乗せ10%都内の拠点のため対象都内2拠点が対象。都外工場には乗せない

上乗せの10%は、東京都が外部の帰宅困難者のための共助分として示しているもので、東京都内の拠点が対象です。在宅勤務比率を引くときの10%とも、来客分とも別のものなので、稟議では「東京都の帰宅困難者上乗せ10%」と名前で呼びます。数字だけで書くと、社内で必ず混ざります。

B社で起きがちなのは、都外工場の60人を都内の数に足してしまうことと、逆に都外工場には何も置かなくてよいと読んでしまうことです。条例の対象外であることと、備蓄が不要であることは別です。都の条例は都外の拠点に及びませんが、その拠点で断水が起きない理由にはなりません。都外の拠点の備蓄を社内で説明するときの国の根拠は支店やサテライトオフィスにも、防災備蓄は必要ですかで扱っています。

実務でつまずく点

1. すでに提出済みの消防計画が、そのまま事業所防災計画とみなされている

これがいちばん知られていません。告示の第2項第1号は、消防法 第8条第1項にもとづく消防計画の作成及び届出を必要とする事業所は、防火管理に係る消防計画に事業所防災計画の記載事項を定め、それを届け出ることで「事業所防災計画を作成したものとみなす」としています。消防法第36条第1項が準用される防災管理の対象事業所についても、第3項に同じ扱いが書かれています。

つまり、消防計画を出している会社は、知らないうちに事業所防災計画を1本持っていることになります。そして記載事項には「救出、救護等の資器材及び非常用物品の準備及び保管に関すること」が含まれます。備蓄品を買う前に見るのは、カタログではなく自社の消防計画です。そこの欄が空いていれば、義務の側の書類が空欄のまま動いていることになります。

収容人員50人以上の事務所が防火管理者を置かなければならない根拠と、備蓄品の置き方が消防法に触れる場面は防災備蓄の倉庫はどのくらいの広さが必要ですかにまとめています。

なお、計画は作って終わりではありません。東京都帰宅困難者対策条例 第4条第4項が、待機に係る方針や帰宅させるための方針を事業所防災計画等で明らかにし、従業者へ周知するとともに「定期的に内容の確認及び改善に努めなければならない」としています。この確認を誰がいつ回すのかは防災備蓄の管理は、総務が1人でも回せますかにまとめています。

2. 義務の単位が法人だと思われている

条文は「事業所単位の防災計画」です。支店や営業所を出したときに、計画が1本増えます。人数が少ない拠点ほど、計画も備蓄も後回しになりますが、条文に規模の下限はありません。

拠点が増えたときに、備蓄を本社にまとめてよいのか、拠点ごとに分けるのかは置き場所の判断になります。会社の備蓄品は、どこに置けばいいですかにまとめています。

3. 罰則はないが、報告を求める条文はある

東京都帰宅困難者対策条例 第5条はこうです。「知事は、帰宅困難者対策の実施状況を確認するため、事業者等(略)に報告を求めることができる」。罰則の章は条例にありませんが、実施状況を聞かれる立場ではあります。

「罰則がないから問われない」ではなく、「問われ方が罰ではなく報告になっている」と読むのが正確です。社内で説明するときは、この違いをそのまま使えます。

4. 地域防災計画に自社が載ると、努力義務の側から義務の側に移る

災害対策基本法 第47条の「災害予防責任者」には「防災上重要な施設の管理者」が含まれ、第49条の語尾は「しなければならない」です。範囲は「法令又は防災計画の定めるところにより」なので、何をどれだけ備蓄するのかは計画の側が決めます。

確かめ方は単純です。所在地の区市町村が公表している地域防災計画の本文で、自社の施設名や事業所名を検索します。載っていれば、備蓄の位置づけが変わります。一時滞在施設として協定を結んでいる場合も、備蓄の分母がそもそも従業者だけではなくなります。

5. 自分から義務を作れる制度がある

災害対策基本法 第42条の2です。「地区居住者等は、共同して、市町村防災会議に対し、市町村地域防災計画に地区防災計画を定めることを提案することができる」。この「地区居住者等」には、その地区に事業所を有する事業者が含まれます(第42条第3項)。市町村地域防災計画に定められる内容には「地区居住者等による防災活動に必要な物資及び資材の備蓄」が明記されています。

提案には素案の添付が必要で、定められた場合は「当該地区防災計画に従い、防災活動を実施するように努めなければならない」という条文が続きます。周辺の事業所と共同で備蓄を持つ話を制度に載せる道があり、その代わり自ら努力義務を引き受ける形になります。同じビルや同じ街区の会社と備蓄を分担したいという相談が出たときの、制度側の受け皿がこれです。

6. 小規模な事業所は、計画の中身が「自ら努める震災対策」まで落ちる

告示の第4項は、消防計画の届出も予防規程も必要としない事業所について、事業所防災計画に規定すべき事項を「震災に備えての事前計画、震災時の活動計画、施設再開までの復旧計画その他の自ら努める震災対策」としています。作成の義務は残りますが、中身の水準は自社判断です。

水準が自社判断だからこそ、数の根拠が要ります。「うちの規模ならこのくらい」で書いた計画は、次の担当者にも決裁者にも説明できません。反対に、対象人数と使用回数と日数を数式のまま残した計画は、金額が変わっても根拠が残ります。予算が通らない原因は金額の大きさではなく、数の根拠が自社判断に見えることのほうが多いというのが実感です。正確に数えることが、そのまま稟議の通しやすさになります。

社内でどう説明するか

「法的な義務はないのだから、予算は付けられない」と言われたときの返し方は3行で足ります。

  1. 備蓄の中身は、東京都帰宅困難者対策条例 第7条第2項の努力義務です。罰則はありません。
  2. ただし、その備蓄を含む事業所防災計画の作成は、東京都震災対策条例 第10条で「作成しなければならない」と定められています。
  3. 当社の計画は◯年◯月版で、告示が求める「非常用物品の準備及び保管」の欄は(記載あり/空欄)です。

3行目が空欄だった場合、議題は「備蓄品を買うかどうか」ではなく「義務の側の書類を埋めるかどうか」に変わります。決裁の性格が変わるので、金額の大小の議論に入る前に一度置いておく価値があります。

金額を伴う稟議そのものの組み立ては防災備蓄の予算を、社内でどう通せばいいですかにまとめています。

よくある誤解

よくある理解実際
災害対策基本法に企業の備蓄義務があるありません。備蓄を名指しした第7条第3項の主語は住民で、第49条の主語は災害予防責任者です
罰則がないので、何もしなくてよい東京都帰宅困難者対策条例に罰則の章はありませんが、第5条に実施状況の報告を求める規定があります。そして事業所防災計画の作成は義務の側です
条例の対象は大企業だけ条例の事業者の定義は「事業を行う法人その他の団体又は事業を行う場合における個人」で、規模と業種による除外はありません
本社で計画を1本作れば足りる条文は「事業所単位の防災計画」です
消防計画を出しているので備蓄も済んでいる消防計画が事業所防災計画とみなされるだけです。非常用物品の準備・保管が書かれているかどうかは、中身を見ないと分かりません
都外の拠点は条例の対象外なので備蓄は要らない条例が及ばないことと、断水しないことは別です。対象外の拠点は、根拠を社内で作る必要があります

まとめ

  • 全国共通の法律に、一般の企業が備蓄をする義務も努力義務もない。災害対策基本法が備蓄の努力義務を書いている相手は住民。ただしこれは出発点であって、自社の状態しだいで義務の側に移る
  • 東京都内では、備蓄の中身は努力義務で罰則なし。ただし備蓄を含む事業所防災計画の作成は「しなければならない」(東京都震災対策条例 第10条)
  • 消防計画を届け出ている事業所は、その消防計画が事業所防災計画とみなされる。買う前に自社の消防計画の記載を見る
  • 義務の単位は法人ではなく事業所。規模による除外は条文にない
  • 罰則はないが、実施状況の報告を求める条文はある。地域防災計画に自社が載れば、備蓄は義務の側に移る

ただし「義務がないなら、買わなくていい」という読み方だけは成り立ちません。ここまでの条文は、自社がどちら側にいるかで答えが変わる作りになっているからです。確かめる順番は3つあります。

  1. 自社の消防計画に、非常用物品の準備及び保管の記載があるか。記載して届け出ていれば事業所防災計画を作成したものとみなされ、欄が空いていれば、義務の側の書類が空欄のまま動いていることになります
  2. 所在地の区市町村の地域防災計画に、自社が載っていないか。載っていれば災害予防責任者にあたり、備蓄の語尾は「しなければならない」に変わります
  3. 周辺の事業所と共同で備蓄を持つ話があるか。地区防災計画として提案すれば制度に載せられます。その代わり、自ら努力義務を引き受ける形になります

この3つを確かめないうちは、「義務はない」という答えが自社に当てはまるかどうかが、そもそも決まりません。先に見るのはカタログではなく、自社の消防計画と、自治体の地域防災計画です。

この記事の出典

当社は非常用トイレをはじめとする防災備蓄品を扱っており、備蓄数量の算定と、計画に書く根拠の整理についてのご相談も承っています。

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