建物が古くても、社内にとどまる前提で防災備蓄をそろえてかまいません。ただし社内待機は、建物と周辺の安全を確かめられた場合の話です。国のガイドラインは、安全でなければ一時滞在施設等へ従業員を案内・誘導するとしています。昭和56年以前の建物なら耐震診断の見積りを先に進め、備蓄は数を減らさずに、置き場所と事前の配布で「建物を出る場合」にも使える形にします。
BCP対策で備蓄をそろえようとして、「うちのビルは古い。そもそも地震のあと社内にいられるのか」と手が止まった総務の方に向けた記事です。社内にとどまれるかどうかは、建てた年だけでなく、揺れのあとの点検で決まります。国・東京都の公表資料をもとに、とどまれない場合を先に決めておく手順を整理します。
根拠の資料|「安全を確かめたうえで待機」と、国も東京都も書いている
社内待機と備蓄を求める資料は、どれも「建物と周辺の安全を確かめる」を待機の手前に置いています。
| 資料 | 書いていること |
|---|---|
| 東京都帰宅困難者対策条例 第7条第1項 | 事業者は、大規模災害の発生時に「管理する事業所その他の施設及び設備の安全性並びに周辺の状況を確認の上」、従業者に施設内での待機の指示その他の必要な措置を講じるよう努める。3日分の備蓄(第2項)は、この待機を維持するためのもの |
| 内閣府「災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン」令和8年1月 8ページ | 発災時、「従業員等が安全点検のチェックシート等に基づき施設の安全を確認する」。「建物や周辺が安全でない場合、一時滞在施設等へ従業員等を案内又は誘導する」 |
| 首都直下地震帰宅困難者等対策連絡調整会議「事業所における帰宅困難者等対策ガイドライン」令和6年7月26日 7ページ | 建物の安全確保の方針(例)の事前準備の1番目に、「昭和56年以前の建物については、耐震診断や耐震補強を実施する」 |
| 同 12ページ | 施設内に待機できない場合は、行政機関からの一時滞在施設等の開設情報等を基に、一時滞在施設等へ案内又は誘導する。「テナントビルの場合は、施設管理者の指示に従うものとする」 |
では、古い建物を使っている会社はどのくらいあるのか。内閣府の実態調査(令和8年3月)が、事業所の建物の耐震基準を聞いています。
| 事業所の建物の耐震基準 | 全体 | 大企業 |
|---|---|---|
| 新耐震基準の建物のみ | 36.3% | 26.7% |
| 旧耐震基準の建物のみ・現在はすべて新耐震基準を満たしている | 9.9% | 5.4% |
| 新・旧の建物双方・現在はすべて新耐震基準を満たしている | 20.9% | 32.5% |
| 旧耐震基準の建物のみ・一部の建物で満たしていない | 4.1% | 2.2% |
| 旧耐震基準の建物のみ・すべての建物で満たしていない | 3.4% | 0.7% |
| 新・旧の建物双方・一部の建物で満たしていない | 16.4% | 27.3% |
| 新・旧の建物双方・耐震化等の対策は実施できていない | 3.4% | 2.4% |
| 満たしていない建物がある、または対策ができていない(下の4行の合計) | 27.3% | 32.6% |
| 無回答 | 5.6% | 2.8% |
4社に1社以上が、新耐震基準を満たしていない建物を抱えているか、対策ができていないと答えています。大企業に限ると32.6%で、全体より高くなっています。「古いビルの会社は例外」ではありません。
前提の切り分け|古いかどうかより、揺れのあとの点検で決まる
この話は、建てた年だけで答えが出るものではありません。整理すると次のとおりです。
| 状況 | どう読むか |
|---|---|
| 昭和56年以前の建物で、耐震補強が済んでいる | 実態調査の「現在はすべて満たしている」側。社内待機を前提に備えるのが基本 |
| 昭和56年以前の建物で、診断・補強がまだ | 事業所ガイドラインが事前準備の1番目に挙げる「耐震診断や耐震補強」が手つかずの状態。備蓄と並行して、診断の見積りを先に進める |
| 新耐震基準の建物 | それでも安全確認は要る。点検の項目は、天井材の落下・ひび割れ・周辺地盤・隣の建物など、揺れのあとの状態で決まる |
| テナントとして入居している | 建物や周辺が安全でない場合は、施設管理者の指示に従う。自社だけでは決めきれない |
つまり、どの建物でも「とどまる場合」と「建物を出る場合」の両方を考えておく必要があり、古い建物では後者の重みが増す、という関係です。どの階のどこにとどまるかは社員をどの階にとどめるかの記事で整理しています。
何を1と数えるのか|数量は「とどまれる場合」で数え、置き方を2つに分ける
建物を出る可能性があっても、必要な数量は減りません。建物が安全と確かめられれば社内にとどまる前提で数えるからです。数量はこれまでどおり、同時に社内にいる人数×1日の量×日数で数えます(何人分そろえるか)。1日の量は、事業所ガイドラインが水1人1日3リットル・主食1人1日3食、内閣府のトイレのガイドラインが1日5回程度としています。
変わるのは置き方です。当社では、備蓄を「倉庫に置く分」と「社員に配っておく分」の2つに分けて数えることを提案しています。配っておく分を、かばんに入れておくなど各自がそのまま持って出られる形にしておけば、建物を出ることになっても手元に残ります。東京都の帰宅困難者対策ハンドブックの事業者向けチェックリストも「事前に備蓄品を従業員等へ配布しておくといった方法を検討していますか」と挙げ、事業所ガイドラインは従業員等自らの備蓄の例として非常用食品・ペットボトル入り飲料水・運動靴・常備薬・携帯電話用電源を挙げています。
当社が確認した範囲では、何日分を配るかを決めた公表資料はありません。下の計算例では、例として1日分を配る形で数えています。
計算例|100人と300人で、配る分と倉庫に置く分
日数は、当社では7日分を目標、3日分を必須(第1段階)と置いています(何日分そろえるか)。ここでは第1段階の3日分で計算します。携帯トイレには、当社では予備率20%を置いています(1日5回×1.2=1人1日6回分)。当社では、東京都内の拠点だけ、東京都が示す外部の帰宅困難者のための10%程度を、予備率と掛け合わせずに足し算で乗せています(携帯トイレなら1+0.2+0.1、水・主食は1+0.1)。下の表は都外の拠点の数で、10%は含めていません。
| 同時に社内にいる人数 | 品目 | 3日分の合計 | うち社員に配る1日分 | うち倉庫に置く2日分 |
|---|---|---|---|---|
| 100人 | 水 | 900リットル | 300リットル(1人3リットル) | 600リットル |
| 主食 | 900食 | 300食(1人3食) | 600食 | |
| 携帯トイレ | 1,800回分 | 600回分(1人6回分) | 1,200回分 | |
| 300人 | 水 | 2,700リットル | 900リットル | 1,800リットル |
| 主食 | 2,700食 | 900食 | 1,800食 | |
| 携帯トイレ | 5,400回分 | 1,800回分 | 3,600回分 |
7日分へ積み増すときは、増える4日分を倉庫の側に足します。100人なら水1,200リットル・主食1,200食・携帯トイレ2,400回分、300人ならその3倍です。
こうして「何人分を・何日分・どこに・いくつ置くか」を計画書に書いておくと、古い建物の会社が稟議で聞かれやすい「建物を出たら無駄にならないか」に、数で答えやすくなります。数の根拠を示せると、予算も通しやすくなります。
実務でつまずく点
1. 建物にはとどまれても、備蓄のある部屋に入れないことがある
事業所ガイドラインの「施設の安全点検のためのチェックリスト(例)」は、建物全体ではなく、場所ごとに判定を出します。たとえば施設内部では、天井材が落下していれば「立入禁止」、廊下・階段に大きなX字状のひび割れが多数あり、鉄筋がかなり露出していれば「立入禁止」、床が傾いたり陥没したりしていれば「立入禁止」です。非常階段・非常用出口が閉鎖して復旧できない場合も、立入禁止とされています。
建物全体では待機できても、備蓄を集めた倉庫や、そこへ行く通路がこの判定にかかれば、備蓄は出せません。点検箇所を決めるときは、倉庫そのものと、倉庫までの通路・階段を点検箇所に入れておきます。1か所が立入禁止になっても別の場所から出せるよう、置き場所を分けておくことも効きます(備蓄品の置き場所)。
2. 「建物を出る」と判定される項目を、誰が見るか決まっていない
同じチェックリストで「建物を退去」とされるのは、施設全体の4つの状態です。建物が傾いている・沈下している/大きなX字状のひび割れが多数あり鉄筋がかなり露出している/隣の建物や鉄塔が施設の方向に傾いている/周辺地盤が大きく陥没または隆起している。これより軽い状態は「要注意」として、専門家へ詳細診断を要請する扱いです。
事業所ガイドラインは、点検する人を「施設管理担当の従業員等または委託業者」とし、あらかじめ定めたチェックリストで確かめるとしています(16ページ・計画の例)。つまり、最初の点検は社内の人や委託先が行う想定です。点検する人と、その人が不在のときの代わりを名前で決めておきます。「要注意」の判定が出たとき、詳細診断を待つ間とどまるのか出るのかは、チェックリストには書かれていません。自社で決めておく項目です。
3. 建物を出る日に、倉庫から配っている時間はない
内閣府のガイドラインは、一時滞在施設の運営の項で、開設するまでの段階を「発災直後から概ね6時間後まで」と区切り、その間、帰宅困難者等は一時待機場所とも呼ばれる広場等に移動するとしています(14ページ)。建物を出た社員は、施設が開くのを屋外で待つことがありえます。当社が確認した範囲では、ガイドラインは建物を出るときに備蓄を持ち出すかどうかまでは書いていません。
だから、配る分は事前に配っておきます。建物を出る場面で、倉庫を開けて1人ずつ手渡すのは難しいと考えておくべきです。難点は、期限が人ごとに散らばることです。誰に・いつ・何を配ったかを一覧に残し、入れ替えの時期に回収と再配布をします(会社での入れ替えの回し方)。
4. テナントは、出るかどうかを自社だけで決められない
事業所ガイドラインは、建物や周辺が安全でない場合について「テナントビルの場合は、施設管理者の指示に従うものとする」としています。テナントの会社は、発災後に建物の安全を確認するのは誰か、その結果をどう知らされるかを、管理会社と先に取り決めておきます。管理会社に聞くことは社員をどの階にとどめるかの記事にまとめています。
5. 耐震診断を「備蓄が終わってから」にしてしまう
中小企業庁の「事業継続力強化計画 策定の手引き」の対策事例一覧では、必要期間の目安が、備蓄品の整備は「1週間~」、建物の耐震性能の診断と耐震補強工事は「3ヵ月~」です。順番に片づけると、時間のかかるほうが年度をまたぎます。耐震診断の見積りを先に走らせ、備蓄は並行して進めるのが現実的です(見直しは何から手をつけるか)。
6. チェックリストの「水が流れない」だけで、トイレを使うか決める
チェックリストの例は、下水道・トイレの項目を「水が流れない(溢れている)」とし、対処の例に災害用トイレの利用を挙げています。ただ、水が流れても、排水管が壊れていれば流した汚水が下の階であふれます。安全が確かめられるまでは流さず、携帯トイレを使います(断水していなくても流してはいけない理由)。
社内でどう説明するか|無駄にしない置き方を数で示す
古い建物の会社で稟議を出すと、「いざとなったら出ていくビルに、備蓄を積む意味があるのか」と聞かれがちです。答えは、待機は安全確認のあとの話であること、そして配る分は持って出られる形にしておけば建物を出ても使えることの2つです。
当社の〇〇ビルは昭和〇年の建物で、耐震診断が済んでいません。内閣府と首都直下地震帰宅困難者等対策連絡調整会議のガイドラインは、発災後に建物と周辺の安全を確かめ、安全であれば社内に待機、安全でなければ一時滞在施設等へ案内・誘導するとしています。そこで、①耐震診断の見積りを先に取り(中小企業庁の手引きでは診断・補強の目安は3ヵ月~)、②備蓄は同時に社内にいる〇人×3日分をそろえ、うち1日分は事前に社員へ配ります。配る分は各自が持って出られる形にしておくため、建物を出る場合も使えます。③発災後の点検は〇〇(代わりは〇〇)が、倉庫と通路を含むチェックリストで行います。
監査で「建物を出る場合の手順はあるか」と聞かれたときも、点検する人・点検の項目・配った分の一覧の3つを出せれば、答えやすくなります。
よくある誤解
| よくある理解 | 実際 |
|---|---|
| 古いビルなら、社内に備蓄しても意味がない | 補強済みの建物もある(実態調査で「旧耐震基準の建物のみ・現在はすべて満たしている」9.9%)。安全が確かめられれば社内に待機する。数量は減らさず、配る分を作る |
| 新耐震基準の建物なら、必ずとどまれる | 判定は揺れのあとの状態で決まる。天井材の落下や周辺地盤の陥没、隣の建物の傾きがあれば、新しい建物でも立入禁止や退去になりうる |
| 建物を出るなら、一時滞在施設があるので備えは要らない | 案内は行政機関からの開設情報を基に行う。内閣府のガイドラインは、開設までの間(発災直後から概ね6時間後まで)は広場等に移動するとしている |
| 建物の安全点検は専門家がするもの | 事業所ガイドラインは、施設管理担当の従業員等または委託業者が、あらかじめ定めたチェックリストで確かめるとしている。専門家への詳細診断は「要注意」の場合 |
| 条例が求めているのは3日分の備蓄だけ | 東京都の条例第7条は、第1項で安全性と周辺の状況を確認したうえでの待機の指示その他の必要な措置を、第2項で3日分の備蓄を求めている(条例の記事) |
まとめ
- 社内待機は、建物と周辺の安全を確かめたあとの話。安全でなければ一時滞在施設等へ案内・誘導する(内閣府のガイドライン・事業所ガイドライン)
- 内閣府の実態調査では、27.3%の企業が新耐震基準を満たしていない建物を抱えているか、対策ができていない
- 昭和56年以前の建物は、耐震診断の見積りを先に走らせる(診断・補強は3ヵ月~、備蓄は1週間~)
- 数量は「とどまれる場合」で数えて減らさない。置き方を「倉庫の分」と「配っておく分」に分ける(当社の提案)
- 点検する人と代わり、倉庫と通路を含むチェックリスト、「要注意」のときの扱いを先に決める
この記事は国・東京都の公表資料にもとづく一般的な整理です。建物の安全性の判断は、建物の所有者・管理会社や専門家の診断にもとづいて行ってください。
この記事の論点だけでも、建物の耐震性、点検する人と代わり、倉庫と通路の点検、「要注意」のときの扱い、配る分と倉庫の分の数、テナントの役割分担と、確かめることが6つあります。備蓄は人の命に関わるので1つも落とせず、これを担当者1人が覚えて回し続けるのは現実的ではありません。当社はそのための管理の仕組みをご用意しています。
当社は非常用トイレをはじめとする防災備蓄品を扱っており、備蓄数量の算定のご相談も承っています。自社の人数で数えると、どの品目がいくつ要るかは、算定で出せます。
この記事の出典
- 東京都帰宅困難者対策条例(平成24年東京都条例第17号)第7条/https://www.reiki.metro.tokyo.lg.jp/reiki/reiki_honbun/g101RG00004283.html(2026年10月14日確認)
- 内閣府(防災担当)「災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン」令和8年1月 8・14ページ/https://www.bousai.go.jp/jishin/kitakukonnan/pdf/kitakukonnan_guideline.pdf(2026年10月14日確認)
- 首都直下地震帰宅困難者等対策連絡調整会議「事業所における帰宅困難者等対策ガイドライン」令和6年7月26日 4〜7・12・15〜16ページ(備蓄量の目安・施設の安全点検のためのチェックリスト(例)・建物の安全確保の方針(例)・施設内に待機できない場合・施設内待機に係る計画(例))/https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/kitaku/pdf/kitaku_guideline-jigyosyo.pdf(2026年10月14日確認)
- 内閣府(防災担当)「企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査結果」令和8年3月 18ページ(図表2-9 事業所の建物の耐震基準)/https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kigyou/pdf/r7_chosa.pdf(2026年10月14日確認)
- 中小企業庁「事業継続力強化計画 策定の手引き」令和8年7月17日版 対策事例一覧(必要期間)/https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/download/keizokuryoku/tebiki_tandoku.pdf(2026年10月14日確認)
- 東京都「帰宅困難者対策ハンドブック」令和5年3月 6ページ(外部の帰宅困難者のために10%程度を余分に備蓄)・事業者向けチェックリスト(事前の配布)/https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/001/369/202303.pdf(2026年9月12日確認)
- 内閣府(防災担当)「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」平成28年4月(令和6年12月改定)(1日5回程度)/https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/2412hinanjo_toilet_guideline.pdf(2026年10月12日確認)
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